- ナノ -

ミッドナイトブルー

 窓に雨がぶつかる音で目が覚めた。分厚い雲で太陽が隠れているせいで朝を認知できなかったらしい。もう九時を過ぎている時計を見てカーテンを全開にしようとすると、背中から伸びてきた手がそれを制した。
「眩しい?」
「……開けるのはいい、なにか羽織れ」
 寝起きの少し掠れた声にくらりとする間もなく、あっ! と思わず両手で布団を胸元までたくし上げる。同時に嗅ぎ慣れた香りのするシャツが頭から降ってきて視界を塞いだ。シャツを手に取って振り向くと、二宮は既に別のシャツを取り出して袖を通している。
「おはよ」
「まだ眠そうだな」
「全然もうひと眠りできる」
 ふ、と笑った二宮の顔をぼーっと見つめていると、視線に気付いた二宮はすぐにいつもの仏頂面に戻って背を向けてしまった。
 名字さんと一緒にいる時の二宮さん、分かりやすいくらい表情柔らかいですよね。そう言った犬飼の言葉を思い出す。よくわかってんじゃん、私も私といる時の二宮の顔大好き。うわぁ、と複雑な顔をしてみせた犬飼の顔はいつ思い出しても面白い。
「シャワー借りてもいい?」
「そんな時間あるのか?」
「急ぐ!」
 幸いにも今日は二限からだし、急いで支度をすれば授業には充分間に合う。自宅に帰る暇は無さそうだけど。二宮はバタバタと慌ただしく部屋を行き来する私を横目で見ながらコーヒーの入ったカップに口をつけていた。
 五分でシャワーを浴びても髪を乾かすのに十分もかかるんじゃ意味がない。けれど時間がかかるものに文句を言ったって仕方ない。化粧を三分で終わらせればいいだけだ、とバスタオルで髪を乱暴に拭いて水分をある程度飛ばす。慌ててドライヤーに手を伸ばしたのに、その肝心のドライヤーがない。
「二宮、ドライヤーどこ? いつものとこにない!」
「タオル持ってこっちに来い」
 洗面所の外から聞こえてきた声に首を傾げてリビングを覗くと、ソファに座った二宮が背もたれ越しに振り向いて手招きをしていた。
「髪乾かしてやる。その間に化粧くらいできるだろ」
「二宮…………好き!」
「知ってる」
 ふん、と顔を背けた二宮の背中に勢い良く抱き着く。素っ気ない態度が照れ隠しだなんて、もうとっくに分かっていた。重ねた時間の分、少しずつ好きなところも増えていく。
 二人で並んで歩いていると、二宮のことを噂話でしか知らない人が驚いている様子をたまに見かける。冷淡に見えるらしい二宮匡貴という男は、本当は誰よりも優しいのに。
 髪を梳く優しい指先も、切れ長の目の奥が柔らかい色を含んでいることも、私の名前を呼ぶ声がココアみたいに甘いことも。
 本当の二宮を知ったら全員好きになっちゃうだろうから、私からはなにも教えてあげない。



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