- ナノ -

春待つ雪解け

 いつの間にか雪が降っていたことに気が付いたのは、雪が地面に薄らと積もりはじめた頃だった。雪が降るなんて天気予報で言ってたっけ、とぼうっとした頭で考えていると、窓の外に目を向けたままぼうっとしていた私が目についたのか、教室でだらけていた悟と傑と硝子もつられて外に目を向けた。
 みんな年相応にそれなりに雪に興味があるのかと思い「外行かない?」と言うと、硝子は片手を怠そうに持ち上げて口を開いた。
「私はパス、寒いし」
「ええ……」
 せっかくだけど硝子が行かないなら、と肩を落とした私に、悟と傑が「行こう」と声を重ねる。二人が顔を見合わせて黙り込む様子を見て、硝子は呆れたように息を吐いた。


 * * *


「いえい雪〜〜!」
 でもさっむ! と叫びながら、悟は足跡のついていないまっさらな雪を蹴り飛ばすようにして遊び始めていた。それに続くように数歩雪の上を確かめるように歩き、土や砂利の混ざっていなさそうな場所にしゃがみ込む。
 空気の冷たさに思わず身体が震える。それを見た傑が雪に触れようとした私の手を取り、手に持っていたホットコーヒーの缶を私の手に握らせた。
「なまえ、マフラーは?」
「あ、上に忘れてきちゃった」
「手袋も?」
「うん、でも手袋はいいや。雪は素手で触った方がきもちいし」
 ありがと、と缶コーヒーを返し、せっかくあったまったけど、と思いながら表面の綺麗な雪をちまちま集めて丸くしていく。傑は私を見守るように半歩分離れた隣にしゃがみ込んだ。じっと見られるのが少し照れくさい。
「傑! こっち来いって!」
 十メートルほど離れた背後から傑を呼ぶ悟の声が聞こえて傑の顔を見た。にこにこと笑ったまま微動だにしない傑に逆に私がいたたまれなくなる。
「呼んでるけど……」
「いいよ、無視で。それよりなまえが滑って転びそうだし」
「こ、転ばないよ! 多分……」
 悟が叫ぶように傑を呼ぶ声を聞こえないふりするのは無理がありそうだけど。苦笑いを浮かべて悟に視線を移した瞬間、首元に衝撃が走る。
「うわっ!」
 ばさっと足元に落ちたのは崩れた雪の塊だった。雪玉をぶつけられた。そう理解した瞬間、首元に残っていた雪が体温で溶けて首を伝う。
「つ、めた!」
 このままだとまた的にされる、と慌てて立ち上がってよろめいた私の腕を間髪入れずに掴んで支えた傑は、服に付いた雪をはたいて落としてくれた。
「あいつ……さいってー……」
「はぁ? 雪遊び初心者かよ、ほら!」
「ちょっと! やめてってば、馬鹿!」
 緩いカーブを描きながら私の足元に向けて雪玉を投げてくる悟に向かって怒りながらそう言った瞬間、へらへらと笑っていた悟に向かって剛速で白い塊が飛んでいく。ゴッ、と雪にしては重たい音がぶつかる音と共に悟が後ろによろめいた。驚いて目を見開いて固まっていると、頭を押さえた悟が引きつった顔で「て、てめ〜……傑!」と吠えた。
「自業自得だよ。ね、なまえ」
「そ、そうだそうだ! いけ! もっとやれ!」
「なまえ、チョーシ乗んなよコラ!」
 雪を手のひらでかき集めながらこちらを睨みつける悟に思わず傑の後ろに隠れる。
「や、やれるもんならやってみろ!」
「言ってることとやってることが……」
 困ったように笑う傑はそれでも私の壁になるように一歩も動かないでいてくれた。
「卑怯だろそんなの!」
「弱い者いじめの方が卑怯でしょうが! ね、傑!」
「そうだそうだ」
「棒読みじゃねーか! ……あ、硝子」
 えっ! と斜め上を指差しながらそう言った悟の声に振り向くと、窓越しに顔を覗かせた硝子が教室を見上げる私たちに向かって手を振っていた。それに頬を緩ませながら手を振ると、悟が「隙あり〜!」と叫びながら雪玉を投げてくる。
「いった! ほんっと信じらんない……! もう怒った。傑、やっておしまい!」
「お代官?」
 窓際に座り、教室から私たちを見下ろす硝子が「青春だね、」と呟いた声にはもちろん気付くはずもなく、ひらひらと手を振り返しながらカメラを向ける硝子に向かって、悴んで赤くなった指先で作ったピースを送った。


2021/12/12 「呪恋」会場配布ペーパー



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