- ナノ -

「どうしてあの忌子を生かす理由がある!」
 みょうじなまえは十五歳の誕生日を最後に殺される運命だった。
 全てのものを取り込む強大な呪力は、周りの人間に大きな影響を及ぼす。呪術師を営む大きな名前を持つ家は、大抵がこの世のゴミ溜めを集めたような腐った人間ばかりだった。だから彼女は陽の光も当たらない屋敷の隅で、他人の目に避けられながら、何よりも監視の目に晒されていた。
 かつて、五条家の分家の端くれである男が逃げるように出家した。まるで監獄から脱獄するように。その男が外で作った子供である彼女の存在が本家にいる人間を凌駕するなんてことは、決してあってはいけない。
 本来であれば、分家であれども才能を持つ人間は優遇される。彼女の父親が自分の名字を捨て絶ち、彼女の母親が禪院から勘当された非術師でなければ。忌み合う禪院と五条から産まれた彼女は、幸か不幸か五条家に近い力である天眼を持って産まれた。父親が死に、子供を奪うように現れた五条家の人間に、母親は全て最初から分かっていたように諦めた顔を見せたのだった。
「人が生きるのに理由なんていらないんだよ」
 五条悟は知っていた。何も知らない彼女が普通の子供と同じように純粋無垢で、ほんの少し外に出ただけで嬉しそうに笑い、大人からしたらどうでもいいような物を大切に持ち帰り、ずっと眺めている。彼女が自由に生きることに、本当は誰の許可も必要ない。
 大人達が黙り込む様子を尻目に、五条は荒々しく部屋を出て行く。五条悟が十八歳を迎える春だった。


 そうして、ようやくまともに外の世界に触れることが出来た彼女は、あの幼い日と同じように五条に手を引かれて、まず初めに淡く色付く桜の目の前に連れてこられる。
 五条がかき集めた桜の花びらを手のひらいっぱいに掬い取り、彼女の頭上から雪のように舞わせると、彼女はその色鮮やかな光景に笑いながら涙を滲ませた。五条は手慣れたようにその涙の跡を指で拭い、それから髪に付く花びらを払ってやる。
 そうして十五歳の春は過ぎ、夏を越え、秋を跨ぎ、冬を経て、彼女に訪れることが無かったはずの、十六年目の春を迎える。


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