「黒ちん」


小さな声で呼ばれシャツの背中の部分をクンっと、引っ張られた。

僕をそう呼ぶのはたった一人しかいなくて、紫原君、と僕が呼べばまた名前を呼ばれ後ろから抱きつかれた。


「どうかしたんですか?」

「……」

「紫原君?」

「……」


紫原君の方に顔を向けようとすれば頭の上に紫原君の額が押し付けられてしまい、どうにも動けそうにない。(…どうしましょうか)

けれどいつもと様子の違う紫原君を放っておけない。

今はちょうど部活の休憩に入っていて休んでいたのだけれど、スコアボードの側にいるのでこのままでは目立つ。(それはちょっと)(困ります)

仕方ないのでおんぶおばけ状態の様になった紫原君をそのままに、隅の方まで移動する事にした。


「紫原君、移動しますよ」

「…うん」


声を掛けてから移動しようとすれば、離れる事はなかったのだけれど歩いてくれたのでよしとしよう。

隅の方まで移動すれば、さっきより強く抱きつかれたので前に回っている紫原君の手をポンポンとあやすように叩いた。


「紫原君」

「……」

「どうしたんですか?」

「…黒ちん」


赤司君にお菓子を取り上げられた時よりも落ち込んだ様子で、全く検討もつかないのだけれど。(期間限定のお菓子を買い逃した…とか?)


「赤ちんにお菓子没収された…」

「…はあ」

「あと財布も没収された…」

「………」


(これは)(相当…)
いつもならお菓子没収だけなのに財布まで没収とは、赤司君の機嫌が悪い時にちょうど出会してしまったのだろう。

どうしようか、と考えた所でポケットに飴を入れたままなのを思い出した。

ポケットに手を突っ込めばやっぱり飴があったので、中身を取り出す。


「紫原君、顔を上げて下さい」

「……なーに?」

「あーん、です」

「?あーん」


素直に顔を上げて口を開いてくれた紫原君の口の中に、ポトリと飴を放り込んであげる。

すると甘さが口の中に広がったのか、紫原君の機嫌がみるみる明るくなった。


「今はこれで我慢して下さい」

「うん!ありがとー黒ちん」

「帰りにまいう棒も買ってあげます」

「黒ちん好きーっ!」


まいう棒だけでこんなに喜んでくれるなんて。

けれど嬉しそうに微笑む紫原君に僕も嬉しかった、という想いは内緒にしておこうと思った。




君が嬉しいと
僕も嬉しい


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