※会話をほとんどしてないです。
シリウス・ブラックの朝は遅い。以前ーーアズカバンに入獄される前ーーの彼は、名門ブラック家の出らしく規則正しい生活を送っていた。早くに起き、着替え、ベッドメイクを済ませる。貴族にしては珍しいことに、ブラック家では屋敷しもべ妖精がいるにもかかわらず、自分の身の回りのことは一通りできるよう躾けられていたのだ。家のことは嫌っていても、幼い頃についた習慣はなかなか無くなることはなかったのだ。
だが、そんな習慣もアズカバンに入れられてからはなくなってしまった。吸魂鬼は気まぐれに囚人の元へ来ては眠りを脅かし、手入れなどされているはずのない牢の中はジメジメと湿気ってカビが生え、哀れにも吸魂鬼の餌食となった囚人の叫び声がこだまする。まともな睡眠を取ることなど不可能だった。 出獄した後も、ようやく柔らかいベッドの上で眠れると思ったが、長いアズカバン生活の弊害は大きかった。 悪夢にうなされ、夜中に飛び起きることも少なくない。 そんな日々をこれからも永遠に続けるのかと辟易していたが、ハリーが家に住むようになってそれも変わった。
「おじさん、シリウスおじさん。朝だよ」
可愛らしい声にあぁ、もう朝なのかと思った。しかしすぐには起きず、しばらく狸寝入りを決めこむ。シリウスはこの時間がとても好きだった。愛しくてたまらないハリーは、シリウスが起きないとわかると、なんとかして起こそうとしてくれる。
「シリウス、シリウス……」
きっとハリーは今困った顔をしているのだろう。弱ったなぁと眉を下げて笑う様子がたやすく想像できる。そろそろ起きるか、と頃合いを見計らって目を開ける。いかにも今起きたのだというように起きるのはそれなりに骨が折れるが、それももう慣れた。
「ん……あぁ、ハリー。起こしに来てくれてありがとう」
「えへへ。おはよう、シリウス」
シリウスが頭を撫でてやると、嬉しそうに笑って手にすり寄ってくる。 あぁ、本当にこの子は可愛らしい。
「おはようハリー」
シリウスはハリーの腕を引いて自分の腕の中に引き込んだ。ハリーは驚いてはいたものの、頬を染めて笑っている。 その柔らかな頬に口付けをしてハリーに怒られる、というのがいつもの流れだ。 だが、今回ばかりは違ったらしい。ハリーが特に反応を示さないので、不思議に思ったシリウスがハリーの顔を覗き込んだとき、彼の耳にチュッという可愛らしいリップ音が聞こえてきた。 シリウスがハリーを見ると、してやったりという顔をして笑っていた。耳まで赤くなっているから本人も相当恥ずかしいのだろう。
「ハリー、耳まで赤くなっているぞ」
そういうシリウスの耳も赤くなっているのだから締まりがない。
こんな朝のやりとり(今回は少しイレギュラーであったが)がシリウスはたまらなく好きなのだ。
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