悪魔使いの宝物 | ナノ

Fear always springs from ignorance.


りん子とアザゼルが依頼で事務所を開けているなか、ベルゼブブは珍しいことに一人で留守番をしていた。芥辺はグリモア探しで海外にいるし、りん子達は二、三日帰ってこない。
その間の事務所の管理を任されたベルゼブブは、久しぶりの一人の時間を楽しんでいた。
事務所の管理のなかに掃除も含まれているが、そんなものはこちらが汚さなければよいこと、と掃除をする気は全くない。

「しかし、こうも静かだと眠くなってきますねぇ」

幸い、何もしていないからと蹴ってくる芥辺も、口うるさく言ってくるりん子もいない。
ベルゼブブは安心して眠りにつくことができた。


○×□○×□○×□○×□○×□



「ただいま帰りました……、そうだ、芥辺さんいないんだった」

突然聞こえてきた見知らぬ女の声に、ベルゼブブの意識は一気に覚醒した。どうせ悪魔の姿も見えなければ声も聞こえないだろうと高を括ったベルゼブブは、体をほぐすように伸びをした。

「ピギィ」

「ん? なんの音?」

(なに? この女、悪魔の声が聞こえるのか……!?)

近づく足音に、ジワジワと嫌な汗がでる。
ついに目の前に女が来たので、ベルゼブブは女の全貌が見えた。

年の頃は20代前半……サクマさんと一緒だろうか。髪は肩に届くくらいで、大きな瞳をしている。それになんだろう、いい香りがする。
だが、恐ろしいことに女の心の中は読めなかった。女の体に結界が張られているからだったのだが、暴露の悪魔であるベルゼブブのプライドは、心が読めないことに我慢がならない。なので、より一層強く心の中を探ろうとしたが、

(ひっ……!!)

結界に手をかけた瞬間、尋常ではない殺気を感じた。魔界でもトップクラスの実力を誇るベルゼブブを恐怖させるほどの殺気。おそらく芥辺だろう。ベルゼブブは身の危険を感じ、それ以上心を探るのを諦めることにした。

(体の震えが止まらない。このベルゼブブがだ。氏は本当に人間なのか? 人間にあそこまでの殺気が出せるものなのか? この私ですらとけない結界を人間ごときが作り出せるものなのか?)

いずれにせよ、芥辺という人間は謎の多い男である。

「わぁー! 可愛い。芥辺さんがさみしくないように置いておいてくれたのかな」

女はベルゼブブを抱き上げると、事務所の奥にある居住スペースに連れて来て、椅子に座らせた。

(あの女……一体何者なんでしょうか。芥辺氏に近しい人物であるのは間違いないようですが。あんなに強固な術をかけるくらいだ。相当大切にしているのだろう)

その時、突然電話がかかってきた。女の様子から見るに、相手は芥辺のようだ。

「もしもし、芥辺さんですか? へぇ、そうなんですか。あっ、ちゃんとご飯食べてます? え? 私ですか? 私はペンギンちゃんがいるので大丈夫です! はい! ……」

(氏とこんなに楽しそうに話す人間がいるとは驚きました。……まさか恋人?)

「それはないですね」

自分で考えていて、あまりのあり得なさに思わず声が出てしまった。
電話をしている声も止まったので、恐る恐る視線をやると、女がキラキラした目でこちらを見ていた。

「しゃ、しゃべったぁ! 芥辺さん! このペンギンちゃん喋りましたよ!」

バレてしまった。
女は興奮気味にベルゼブブを見やると電話口で何やら話した後、こちらに受話器を渡してきた。

『おいベルゼブブ、なぜ事務所にいる』

殺気を隠そうともしないで尋ねる芥辺に戦々恐々としながら、ベルゼブブは簡潔に答えた。

「留守を任されました」

『そうか、……なら命令だベルゼブブ。そこにいる女を守れ。俺が帰ってくるまでに何かあったら、わかってるよなぁ?』

「わわわわわかっていますとも! このベルゼブブ、完璧に遂行してみせます!」

女に受話器を返して一息つく。
ベルゼブブが、なぜこの私が人間の女なぞを守らなければならないのだ。などとぶつぶつ呟いていると、女は受話器を置いてこちらを見た。
ベルゼブブはふぅ、と一呼吸おいて気持ちを切り替えると、優雅に一礼した。

「私、ベルゼブブ931世、ベルゼブブ優一と申します。よろしくどうぞ」

「私は九あかねです! えと、よろしくね優一くん」

(やれやれ、面倒な仕事をいいつけられたものですね)

と思いつつも、あかねに「可愛い」と言われて満更でもないベルゼブブだった。

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