ブランコと古い記憶


 家に帰ってからは大変だった。バーノンおじさんは、ハリーを物置に押し込めた。抵抗するだけ無駄だということがわかっているハリーは、大人しくいつもの定位置である粗末なベッドの上に座ると、耳を澄まして外の様子をうかがった。

 バタン! バタバタバタ!

 何かが倒れるような音の後に、慌ただしく誰かが走る音も聞こえた。

(長年の勘から言えば、おじさんが倒れておばさんが慌てて駆けつけたってところかな?)

 正しくはおじさんは椅子に倒れこみ、おばさんはブランデーの大瓶をとりにいったのだが、当たらずといえども遠からず、といったところだ。

(今何時なんだろう。もうみんな寝たのかな)

 物置に入れられてから、だいぶ時間が経った。ずっとベッドに寝っ転がっているので、そろそろ背中が痛くなってきた。
 薄暗い中、目を閉じて考える。……ダーズリー一家と暮らしてほぼ十年が過ぎた。思い出すかぎりでは惨めな十年だった。

 ハリーが覚えていることといえば、目のくらむような緑の閃光と焼け付くような額の痛み、そして誰かの泣いている声だけだった。緑の光の正体が知りたかったが、おじさんもおばさんもハリーが質問をするのをかなり嫌がったので、きっとこれが自動車事故なんだ、と思う他なかった。

「んー、もうそろそろ夜かなぁ」

 そろりとドアを開けて様子を見てみる。ちなみに、この物置兼ハリーの部屋は鍵が付いていない。ただ、おじさんがまだ起きている時に外に出ると、途端に機嫌が悪くなり、ひどい時は叩かれた後に部屋に戻される時もある。そうなるとかなり面倒なので、ハリーは夜になるまで部屋から出ないことにしていたのだ。

「……よし」

 おじさんの大きなイビキがしっかりと聞こえることを確認して、そっと物置を出る。それからハリーは裏口から外へ出ると、少し肌寒い夜の世界へと足を踏み出した。







 特に行くあてもなくぶらぶらと歩く。物置に閉じ込められている間に着替えた部屋着以外に何も着ていないので、ハリーは少し寒く感じた。

「The water is wide, I can't cross over〜」

 寒さを紛らわせようと歌を歌う。テレビなどなかなか見せてもらうことのないハリーが知っている歌といえば、おばさんがダドリーと歌っていたこのThe Water is Wideくらいだった。

「I know not how I sink or swim〜」

 歌っている間に家から一番近い公園まで来ていた。何気なく立ち寄り、ブランコをこぐ。

(そういえば、初めてちゃんとブランコに乗ったかもしれない……)

 キーコキーコとブランコをこいでいると、昔のことが甦る。



 私が小さい頃はよくダドリーとおばさんと近所の公園で遊んでいた。その頃はまだおばさんも優しくて、私に愛情を持って接してくれていた……と私は思っている。あの日も、公園で遊んでいた。

「ねえ、ダドリー。わたしもブランコにのりたい」

 一つしかないブランコを我が物顔で使うダドリーに、私は頼んだ。しかし、私の言うことを聞くはずがなく、ダドリーは素知らぬ顔でブランコをこいでいく。むしろ先ほどよりも激しくこぐようになった。

「ダドリーちゃん? ハリーも使いたいみたいだから向こうでママとお砂遊びしましょう?」

 おばさんが私も乗れるようにと他の遊びをダドリーに提案したが、指図されるのが我慢ならない彼は大きな声で「やだ!!」と叫び、より一層激しく漕ぎ出した。
 私もそこで諦めていればまだおばさん達と仲良くやれていたのかもしれない。ただ、子どもというのは我慢するということを知らないようで……。

 私が「かして!!」とダドリーに叫ぶと、恐ろしいほど揺らされていたブランコが急に停止した。もちろん今まで動いていた物が急に止まったことにより、慣性の法則でダドリーは前に飛び出してしまった。

 驚く私とおばさんの目の前を飛んでいったダドリーは、生垣に頭を突っ込んだ。しばらく呆然としていたおばさんがようやく動き出したのは、ダドリーが泣き始めてからだった。








 あの後、おばさんとダドリーは急いで病院へ行き、残されたハリーはというと家へ帰ってガタガタと震え、泣き続けていた。おじさんは心配してくれていたが、ハリーは恐ろしくてたまらなかった。

 幼心にあれを自分がやったということはわかっている。もしダドリーがものすごく大きな怪我をしたら、一生残るような傷を負っていたら……。
自分のしでかした事の大きさに、そしてただでさえハリーに対してよそよそしかったおばさんたちの目が自分に対する嫌悪で染まるのかと思うと、怖くて怖くてたまらなかった。

(や、やだ……。きらわないで、わたしを、きらわないで……)

ハリーはずっと泣き続けた。
お腹が空いて泣き止んだ頃に、やっとおばさんが病院から帰ってきた。どうやら顔に擦り傷や切り傷がついただけですんだらしい。ダドリーはおばさんの腕のなかで眠りこけていた。

「あの……」

 ハリーが声をかけようとした途端、すごい剣幕で睨んできた。バーノンおじさんが何か声をかけようとする前に、おばさんの声がリビングに響く。

「ハリー、やっぱりあなたもあの姉の子だわ。あなたは違うと思っていたけれど……あなたでしょう? ダドリーにあんなことをしたのは」

「わ、わたし、ちが……」

「違うわけないわ!! あんなわけのわからない事、あなた以外にできるわけないもの!!」

 またあの変な力を使ったんでしょ?! ねえ! そうなのよね!? 何か言いなさいよ、ハリー?!
 そう言って肩をガクガクと揺さぶられ、とてもじゃないがハリーは話す事ができなかった。それでもなおヒステリックに怒鳴り続けるおばさん。このままではダメだと判断したおじさんの手によってハリーは部屋へ帰されてしまった。

 その後、おばさんは事のあらましをおじさんに話したようで、次の日にはおじさんもおばさんもハリーに冷たくするようになっていた。

「…………」

(あの時、もし私がブランコに乗るのを諦めていたら、今もおばさん達は優しくしてくれていたの? 私はやっぱりダメな子なの?)

 ブランコを漕ぐのを止めて、考える。暗い考えが頭の中をグルグルと駆け回り、お前はいらない子、お前なんか生まれてこなければよかったんだと囁きかけてくる。
そんなとき、

「ハリー?」

温かくて優しい声がした。


 この声は……っ!!
ハリーが急いでブランコから降りて振り返ると、そこにいたのはこちらに手を振って笑っているリーマスだった。

「リーマス!」

「やあ、また会ったねハリー。おっと」

思わずリーマスに突進してしまった。
自分の顔をリーマスの服にグリグリと押し付ける。

「会いたかった」
「ハリー、僕もまた会えて嬉しいよ」

 正直、あの後急にいなくなったのを見て夢だったのかと思っていたハリーは、再び、しかも早いうちに会えて感極まっていた。

「あの後は大丈夫だった?」

頭を撫でてもらってご機嫌なハリーは、今日起こった不思議な出来事を楽しそうに語る。

「うん。おばさんたちとは無事に合流できたよ。ただ……」
「何かあったのかい?」

リーマスの顔が硬くなったことに気づかないハリーは、続けた。

「ヘビを見ていたら、急にガラスが消えて、ヘビが逃げちゃったの」

「……」

 あははと笑うハリー。それを見るリーマスの表情は、未だに硬いままだ。それからしばらくハリーの頭を撫でた後、抱きついているハリーを自分から離す。そしてハリーの肩に手を置き、慎重に話を始めた。

「ハリー、そういうこと……あー、今日みたいに不思議なことはよく起こるのかい?」
「よくあるよ?」
「それは何かに怒ったり、悲しくなった時に起こっていた?」
「うん」

 頭を押さえ、嬉しいのか悲しいのかよくわからない表情をするリーマス。

(できればこの子には魔法界……ヴォルデモートとは関係なく生きていて欲しかった。でも、そうか……)

「近いうちに君のところに手紙がくるだろうけど、叔父さんと叔母さん、ああそれとダドリーくんには絶対に見せてはいけないよ?」
「わかった」

(物分りがいいのかあまり深く考えない素直な子なのか……。なんにせよ、ホグワーツは必ずハリーに手紙を送るだろう。ダーズリーはダイアゴン横丁に行くわけがないから僕が一緒に杖を買いに行くか)

 またもや考えごとに熱中してしまったリーマスを見て、少し考えたハリーは先ほど会った時と同じように抱きついていることにした。

(リーマスは不思議な匂いがするなあ。何かの薬品? の匂いかな。あ、ボタンがほつれてる。後で縫ってもいいか聞いてみようかな……)

ハリーは、リーマスは気づいていないと思っているが、実際はリーマスは気がついてる。しかもハリーは可愛いなぁなどと思っているなど知る由もないハリーだった。
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