初めての手紙と叔父の奇行


 リーマスとジーンさんの言った通り、あれから二日後、ハリー宛ての手紙が届いた。

 その日の朝、ハリーは何時ものようにほんの少しの朝食をゆっくり食べていた。(ハリーは食べるのが遅いのだ)
 ダドリーは今年入学する名門スメルディングス校の杖を振り回し、バーノンおじさんは新聞を広げ、ペチュニアおばさんはどこの家の娘が学校のテストで悪い点をとっただとか、最近引っ越してきた夫婦の仲は悪いらしいだとかのゴシップをおじさんに話していた。

 ハリーがそろそろ食べ終わるというとき、ストンッと玄関の方から音がした。

「ごちそうさまでした」

 おじさんが早く取ってこいという目でハリーを見たので、急いで残っているベーコンを口に押し込んだ。玄関へ行くと、数通の手紙やハガキが散乱していた。それらをまとめ、リビングへ行きながら宛先別に仕分ける。

「えーと、マージおばさんからの絵葉書はバーノンおじさん。学校からの手紙と請求書はペチュニアおばさんっと……」

(あー、またダドリーは学校のものを壊したのかな?)

学校からの手紙と請求書は輪ゴムでまとめられている。きっとそうなのだろう。
そこまでは、特筆すべきこともないような手紙ばかりだったが、最後の方にあった手紙は一風変わっていた。

「ハリー……ポッター様……? 私宛?」

 分厚く、重い、黄色みがかった羊皮紙の封筒だ。宛名はエメラルド色のインクで書かれている。
何度見返しても宛名はハリー・ポッター様と書かれている。正真正銘ハリー宛だ。
震える手で封筒を裏返してみると、紋章入りの紫色の蝋で封印がしてあった。
ハリーは信じられない思いでいっぱいだった。期待と緊張で心臓がドキドキしている。

 ハリーが慎重に封を切ろうとした途端、バーノンおじさんの不機嫌な声が廊下に響き渡った。

「ハリー、早くせんか!」
「は、はい! 今行きます!」

ハリーは思わず手紙を落としそうになってしまった。

「なにをやっとるんだ、まったく。手紙爆弾の検査でもしとるのか?」

 自分のジョークにおじさんは笑っている。急いでハリーはキッチンへ戻り、ペチュニアおばさんとバーノンおじさんにそれぞれ手紙を渡して自分の部屋に帰ろうとした。
しかし、ダドリーは目ざとくハリーの手にある手紙に気がついたようだった。

「マージが病気だよ。腐りかけた貝を食ったらしい……」

とおじさんがおばさんに伝えたそのとき、ダドリーが突然叫んだ。

「パパ! ねえ! ハリーがなにか持ってるよ」

 ハリーは急いで部屋に戻ろうとしたが、それよりも早くおじさんにそれをひったくられてしまった。

「おじさん! 返して! それ、私のだよ!」

ハリーが奪い返そうとしたが、どうしても身長の差があり、ピョンピョン跳ねるだけになってしまう。ダドリーがそれを見てニヤニヤ笑うので、ハリーは抵抗をやめ、おじさんを睨みつけた。

「返してってば!!」
「お前に手紙なんぞ書くやつがいるか?」

おじさんはせせら笑い、封筒から手紙を取り出すと、片手でパラっと手紙を開いてちらりと目をやった。途端におじさんの顔が赤から青へと変わった。しかも、数秒後には、腐りかけた粥のような白っぽい灰色になった。

(……おじさんの様子が変? 手紙に何が書いてあったの?)

「ぺ、ぺ、ペチュニア!」

おじさんはあえぎながら言った。ダドリーが手紙を読みたがったが、おじさんは頑として読ませなかった。そして、ペチュニアおばさんに手紙を渡すと、難しい顔をしてソファにドシンと腰を下ろした。
おじさんがダメならペチュニアおばさんに手紙を見せてもらおうとしたダドリーだったが、無駄だった。おばさんはヒッと小さな悲鳴を上げると、まるでダドリーのことが見えていないかのようにおじさんのところへ駆け寄った。
無視されることに慣れていないダドリーは、何が起こっているのか理解できていないようだった。

(いつもならダドリーがやりたい事は何よりも優先するのに………)

おかしい。何かがおかしい。
あの手紙におじさんとおばさんをあそこまで動揺させる何かがあるというのだろうか。
ハリーは考えた。すると、あることを思い出した。

(そうだ。手紙。もしかしてあれってリーマスやジーンさんが言っていた手紙のこと? だとしたら内容は……)

「魔法……」
「バーノン、どうしましょう……あなた!」

呟いたあとでハリーはおじさんに聞かれてしまったかもしれないと焦ったが、おばさんの声にかぶり、ハリーの呟きはおじさんには聞こえなかったようだ。

「おじさん。私に読ませて。それ、私にきた手紙だよ」

ハリーは怒った。
せっかくハリーに手紙が来たというのに何故読ませてくれないのだ。

「あっちへ行け! 二人ともだ」

おじさんは、手紙を封筒に押し込みながら、かすれた声でそう言った。

「おじさん! 返して!」

ここで引いたら絶対に手紙を返してもらえないと思ったハリーは、いつになく頑固にその場を動かなかった。

「僕には見せてくれるよね? パパ」

ダドリーがしたり顔でそう言うが、おじさんは聞く耳を持たず、

「行けと言ったら、行け!」

と言って、ハリーとダドリーをリビングから締め出してしまった。
部屋から追い出されたハリーは、いち早くドアへ駆け寄り、ドアの隙間から漏れ聞こえてくる声を聞こうとしたが、後からきたダドリーに押しのけられてしまったので、しょうがなく扉と床の隙間から漏れ聞こえてくる音をなんとか聞いた。

「なぜ……寝…………場所……。見張ら…………?」
「…………かも……ん」

二人の声が聞こえにくい。このまま聞いていても大した情報が得られないと判断したハリーは、大人しく物置に戻ることにした。

 ダドリーが何か言おうとしたが、ハリーがあまりにも悲しそうに肩を落としているのを見て、からかう気も失せてしまったようだった。

(リーマスがおじさんに見せるなって言ってたのはこのせいなんだ……)

せっかくリーマスが忠告してくれたのに。
沈んでいるハリーの耳に物置のドアをノックする音が聞こえた。

「あー、ハリー。ちょっと入るぞ」

どうしたんだろう。

(私の部屋は汚いから絶対に入りたくないって言ってたのに)

ハリーが突然のことに困惑していると、おじさんはハリーの目を見ずに言った。

「ハリー。お前もそろそろこの部屋じゃあ狭くなったろう。ダドリーの二番目の部屋を使いなさい」
「おじさん」
「なんだ」
「私の手紙は?」
「ああ、あれは間違えてお前に宛てた手紙だったんだ。焼いてしまったよ」

ぶっきらぼうに答えるおじさん。
どうして嘘をつくの?

「間違いなんかじゃない。封筒に物置って書いてあったもん」

ハリーは少し声を大きくして言った。
おじさんの顔が少しずつ赤くなっていく。

「いいから、さっさと、支度をしろ」

もはや湯気が出そうなほどに顔が赤くなってしまったおじさんは、怒鳴らないようにゆっくりと区切ってそう言った。

 二階にあるダドリーの二番目の部屋へハリーが数少ない荷物を運ぶと、そこは宝の山のような部屋だった。ダドリーが使わなくなった物の山である。使わなくなったというよりは、使えなくなった、というほうが適切だが。
 ハリーは、ほこりをかぶっている本棚から一冊の本を表紙のタイトルが見えるくらいまで取り出してみた。それは、バーノンおじさんがダドリーに与えた童話集だった。

(ダドリーは読んでないみたいだし......ちょっとくらい読んでもいいよね)

そう思い本を棚から完全に取り出そうとしたが子供ならだれでも知っている話がたくさんの絵とともに載せられているその本は分厚く、平均よりも痩せているハリーが立ち読みをするにはには少し重かった。
そこで、多少よろめきながらも床に置かれているたくさんのおもちゃやらコンピューターやらをよけながらベッドへ向かい、端の方に腰を下ろす。すると、

「あいつをあの部屋に入れるのはいやだ......あの部屋はぼくが使うんだ......あいつを追い出してよ......」

下からダドリーが母親に向かってわめいているのが聞こえた。ペチュニアおばさんが一生懸命になだめているのも聞こえた。
ハリーの手紙の一件で沈んでいた気持ちが少し良くなった。

気持ちを新たにし、適当にページをペラペラとめくっていく。キラキラとした物語に、ハリーの心は一瞬で虜になった。特にシンデレラと白雪姫は、ハリーの一番のお気に入りの話になった。
自分にもいつか素敵な王子様が現れて幸せにしてくれるのだと、珍しく年相応なことを考えていた。
それに、現に魔法使いはハリーの前に現れてくれた。知り合ったばかりだというのに、大好きで大好きでたまらないハリーだけの魔法使い。

(今日はいい気分で寝られそう)

一通り読み終わったハリーは、本をベッドの端の方に置いて、少し埃っぽいベッドに横になった。思ったとおり、その夜は今までで一番ぐっすりと眠ることができた。







 次の日の朝、ハリーがスッキリとした気分でリビングへ行くと、また例の手紙が届いた。バーノンおじさんは手紙をハリーの目の前で破り捨てた。
その次の日も次の日も手紙は届いた。日が経つに連れて一日に届く手紙の量は増えていき、3日目の今日は数え切れないほどの手紙がなだれ込んできた。

 大袈裟な言い方をしているわけではない。手紙が家の中に入ってこないように、おじさんが家中の窓という窓、ドアというドアに木の板を打ち付けてしまったのだ。おじさんが一息ついた時、ドドドドッという音とともに何十、いや、何万通もあるであろう手紙が暖炉から部屋の中に入ってきた。ハリーはなんとか手紙をつかもうとしたが、おじさんに両手を掴まれてしまいあえなく失敗に終わってしまった。

「出ていけ! 出ていくんだ!」

おじさんは、ハリーの手首を持っていた手を腰に回すと、廊下に放り出した。ダーズリー家の全員がリビングから逃げだした。おじさんがドアをピシャンと閉めた後も手紙は洪水のように暖炉の細い出口からあふれ出している。

「これで決まりだ」

(うわぁ。おじさん、自慢の口ひげをあんなに引っこ抜いてる……)

顔を真っ赤にしてもなお、平静を装うとしている様がなんとも滑稽だった。

 一家のその後の行動は早く、十分で支度をして車に乗り込むと、猛スピードでプリペット通りを飛び出した。おじさんは、何か得体の知れないものから逃げるように、当てもなく車を走らせていた。

「振りはらうんだ……振り切るんだ」

そうぶつぶつと言うおじさんは鬼気迫るものがあって本当に怖かった。
 一日中飲まず食わずで走りに走り、どこか大きな町のはずれにあるカビ臭いホテルの前でやっと止まった。あたりはすっかり暗くなり、聞こえるのはダドリーが泣きわめく声とダドリーを慰めるおばさんの声だけだった。
しかし、ホテルに泊まっていたのも少しだけで、翌日の朝にはもう一行は出発していた。霧が濃くたちこめる寒い朝だった。

「ねえ、家に帰った方がいいんじゃないかしら?」

 数時間後、太陽も大分高いところにのぼった頃におばさんが恐る恐るそう言った。
しかし、おじさんの耳には届いていないようで、ただひたすらに車を走らせていた。時々急に止まっては、外を見回して頭を振り、また車に戻る。その繰り返しで、夕方近くになってついにぐったりしたダドリーがおばさんに問いかけた。

「パパ、気が変になったんじゃない?」

おばさんは答える気力もない様子で、目を閉じてじっと座っているだけだった。するとダドリーはお気に入りのテレビ番組が見たいと喚き、なんとかおばさんの気を引こうとした。そういえば、ダドリーの言葉で思い出したことがある。

(今日は月曜日。ということは、私の誕生日は明日……か)

 ダーズリーの家で過ごしている間はろくに誕生日を祝ってもらったことがない。フィッグさんのところに預けられたときにはケーキくらいはくれるが、ダドリーのように盛大に祝ってもらったことなんで一度もない。ハリーにとって誕生日は、特別な日でもなんでもない、ただ自分が惨めだと感じる日でしかなかった。だが、それでもやはりハリーも子供なので、誕生日はなにか特別なことが、いつもとは違うことが起こるのではないかと少しだけ期待しているのだ。
ハリーが誕生日に思いを馳せていると、おじさんがビショビショになりながらも帰ってきた。長細い包みを抱えニマニマと笑うその様は、周囲の暗さもあってとても不気味だった。

「申し分のない場所が見つかったぞ。くるんだ。みんな降りろ」

そう言っておじさんが手で示した先にはボロボロの船と気味の悪いおじいさんがいた。

「お、おじさん。まさかあの船に?」
「それ以外に何がある? 海の上なら流石に手紙も届けられまい」

ぐへへへと悪い顔で笑うおじさんに、この時ばかりはおばさんもダドリーもハリーも引きつった笑みしか返せなかった。
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