祖父はラジオが嫌いでした。頑なに理由を語らなかった祖父は晩年、尋ねてもいないのにふと私へ語りかけました。
 俺の母さん、お前のひい婆さんは、真面目で模範的な人だった。古い家の母親そのものだった。声を荒らげることなど無かった。それがただ一度きり、あの日、ラジオから流れるあのお言葉を聞いて、大声で泣き叫んだ。俺はラジオの独特なノイズ混じりの音を聞くと、いつもその姿を思い出して苦しくなる。
 ――かえして、私の子、どうして無駄死にさせたの。
 骨すら帰らなかった祖父の兄たちの遺影を前に、立派にお務めを果たした自慢の子、と誇らしげに語っていた曾祖母が泣き叫ぶ様は、幼い祖父にとってあまりに大きな衝撃だったそうです。曾祖母はそれから間もなく亡くなり、幼かった祖父は戦後の混沌を強く生き抜き、新聞記者として時代を駆け抜けました。仕事熱心な祖父でしたから、ラジオ嫌いはその記者としての意地に由来すると思っていたので、幼い頃にできた爪痕が祖父の生き様に関わっていた、という事実は不思議な感覚を私に抱かせました。
「今日は良き日だ」
 鶯丸様が私に語りかけます。
「なぜ?」
「なぜ、か。そうだな、主は面白い返事をするな」
「それほどでも」
 ミンミンミン、とわかりやすい蝉の声が本丸に響いています。空の先にはふかふかとした雲がひとつふたつ浮かんで、日はよく照っています。庭の緑も力強くそのいのちを輝かせていました。普段はどこからともなく、遊ぶ声や働く声が漏れ聞こえる場所でしたが、今日ばかりはみな囁くように暮らしているようです。じっさい、最低限の当番以外は暇を出しておりました。もう毎年のことですから、みな様も慣れたものでしょう。
「主はらじおが好きではないと言っていたな」
「ええ、祖父の影響で、いっそ苦手意識がございます」
「俺はあれが好きだ」
「左様ですか」
 鶯丸様は真夏だと言うのに、湯呑みを傾け茶をすすります。鶯丸様は、静けさがよく似合います。でもお話が嫌いな方ではありませんから、次の言葉を紡がれます。
「人は祈るものだ。祈りを受け取るものではない」
 そこでようやく、私は鶯丸様が先程の問いに答えているのだと気付きました。
「まあ、俺は付喪神だから、主の祈りを叶えてやれるか分からんな」
 ゆるく微笑む鶯丸様を見て、私もつい声を発します。
「鶯丸様の、祈りはなんですか」
 鶯丸様は私の顔を見て、ぱちくりと瞬きをします。
「俺の、祈り」
「はい」
 鶯丸様はまたいくつか瞬き、ふ、と深い笑みをこぼします。
「うん、そうか。そうだな。なんだろうな」
 そう言って、鶯丸様はまたずずっと茶をすすりました。
「でも、鶯丸様も、他のみな様も、私にとっては間違いなく神であられますよ」
「そうか」
「はい」
 八月十五日、暑い夏の日、私と鶯丸様の顔には同じく汗が流れておりました。





祈りの日
190428 審神者と鶯丸



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