お姉ちゃんが泣いているところを一度だけ見たことがある。私は小学生で、お姉ちゃんが中学生の頃。いつも明るくて、私やシィちゃんを笑顔にしてくれるお姉ちゃんが、一人で静かに泣いていたのを見つけてびっくりしたのをよく覚えてる。
「お姉ちゃん、どうしたの?」
 恐る恐る声をかけると、はっと振り返ったお姉ちゃんは鼻をすすりながらも「おかえり〜見つかっちゃった〜」といつもの様子で答えてくれた。
「どこか痛いの?」
「うーん……ちょっとだけ、ここのところが痛かったの」
 そう言ってお姉ちゃんはこぶしを胸の真ん中に当てた。
「お姉ちゃん、病気なの……?」
「病気じゃないわよ〜、ああでも、病気って言う人もいるのかなあ」
「病院行かなきゃ!」
「あはは、そういう病気じゃないから大丈夫よ。それに──お姉ちゃんにとっては、とっても大事なものだから」
「えぇ……よくわかんないよ」
「カジカにはまだ早かったわねえ。とにかく、お姉ちゃんはもう大丈夫よ」
「痛くない?」
「うん、カジカの顔見たら、元気になっちゃった!」
 笑顔でそう言って頭を撫でてくれるお姉ちゃんはすっかりいつも通りで、私も不安な気持ちなんて忘れて一緒に笑ったのだった。

 あのとき、お姉ちゃんもこんな気持ちで泣いてたのかなあ、と川沿いの道を歩きながら思った。あの頃は──というかつい最近まで、あのときお姉ちゃんがなんで泣いてたのかさっぱり分からなかった。でも今なら分かる気がする。胸の真ん中がぎゅっとして、苦しいのになんだかあったかい。新しい気持ちなのに悲しい。私はあの頃より大きくなって、初めての気持ちに気付いて、それをあの人に伝える度胸がついて、返された言葉に笑顔を向けられるくらいには成長した。答えは初めから分かってたし、笑顔はアイドルの得意分野だ。うまくいかなくったって、笑顔が誰かの力になる。それはきっと、自分にも。それと一緒に優しく微笑んだあの人の顔を思い出して、ああ、好きだったなあと、一方通行で終わってしまった気持ちがまだ身体の中で途方に暮れてる。私よりずっと余裕があるあの人の前で、私は背伸びをしていられたかな。

 家に帰ってそこにいたのが、シィちゃんだったりお父さんやお母さんだったりしたなら、きっと違ってたのに。
「おかえり〜」
「……お姉ちゃん」
 リビングで雑誌をめくりながらお煎餅をかじるお姉ちゃんはいつも通りのお姉ちゃんで、明るいお姉ちゃんの笑顔で、中学生のときの弱々しい泣き顔のお姉ちゃんの面影なんてどこにもなかった。私はあのときのお姉ちゃんよりも年上になってるのに、一人でこっそり泣いてたお姉ちゃんよりもずっと子供だなあと思った。
「どうしたの〜」
 ぽろぽろとこぼれてくる涙をどうやったら止められるのか分からなくて、びっくりしたお姉ちゃんが立ち上がって私を抱きしめてくれたのにまた安心して、子供みたいに声を上げて泣いた。お姉ちゃんはどんな人が好きだったんだろう。そっと背中をなでてくれるお姉ちゃん。私も早く、大人になりたい。





「ありがとう、でも、ごめん」
180614 カジカとサワラ



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