カラン、と古い音が鳴って煌びやかな景色が目に飛び込む。マリーにとっては初めて見る世界だった。色とりどりのドレス、帽子、ハイヒール……。
「いらっしゃい。あら、アーノルド」
 店の奥から、背筋の伸びた女性が現れる。紫色のロングスカートに、嫌みない華やかさが生きるフリルのブラウス、乱れひとつ無いブロンドのショートヘアが似合う整った顔。白い首にかかっているメジャーだけが、彼女をブティックの従業員であることを示していた。
「そちらのお嬢さんは?」
「そこで買わされた」
「買わされた? ふうん、珍しいこともあるのね」
 いくばくか高い位置から落とされている彼女の視線が、マリーの輪郭をなぞる。何も知らなければ、それは睨みつけられているあるいは値踏みされているように感じるかもしれない。品定めという意味ではあながち間違いでもないが、やはり知らないマリーはあからさまに居心地が悪そうに身じろぐ。それにしっかりと気づいた女性が、笑いながらほんの少し屈んでマリーに目線を合わせた。
「うふふ、そんなに怯えなくても取って食いはしないわ。貴方お名前は? 私はメリッサよ」
「よろしく……ミスメリッサ。私はマリー」
「あら」
 目を丸くしたメリッサが顔を上げる。視線を向けられたものの、スペンサーは我関せず、とばかりに真顔で両手のひらを見せる。メリッサが彼を睨みつけたが、本人は表情も変えず口を開いた。
「七番街のヴェールへ連れていけるような服を、ひと揃え見繕ってほしい。ディックの店にはこのあと連れていく」
「もう。わかったわ。そうね……あなたくらいの子なら、少し派手でもいいかしら」
 メリッサがマリーの体格を確かめるように、両肩と腕を掴む。
「ミスタースペンサー、これはどういうこと?」
 マリーが怪訝な顔で振り返ると、スペンサーは既に二人へ背を向けていた。
「俺にみすぼらしい女を連れて歩けっていうのか? 煙草吸ってる」
 既にくわえていた煙草を口から離し、そう言い残すとまた元に戻した。マリーの返事も待たずに店の外へ向かう。
「ちょっと……!」
 カラン、とまたドアチャイムが鳴って、ショーウィンドウに寄りかかったスペンサーはライターをポケットから取り出していた。
「さ、あんな男は気にせずドレスを選びましょう。マリー、好きな色は?」
 メリッサがいつの間にか両手に持っていたドレスをマリーに合わせる。
「ミスメリッサ、あの、私、お金が……」
「自分でこの店に連れてきておいて、女性にお金を払わせる男なんて出入り禁止よ。それからミスなんて付けなくていいの。そんなに若くもないわ」
 メリッサは話しながらもドレスを選ぶ手を止めない。
「ミセスメリッサ?」
「ノー」
 彼女は振り返りまたマリーの目を覗き込む。
「メリッサ」
「あー……ごめんなさい、メリッサ」
「よろしい。似合いそうね。着てみましょう」
 最後に合わせた赤いドレスをマリーに持たせ、彼女の背中を押して店の奥へと進んでいった。



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