水飴のような声が好きだった。

 小さな映画館の客席に、ひとりぼっちでいた私の隣にただ座っていた。そして口から吐いた息に乗っていた言の葉は、

「そこにいる」

 と、それだけ。

 流れる映画を観て、私は悲しかったわけではなかったけれどただ忘れられていた。淡々と流れるそれを私は眺めることしかできない。このまま忘れられるだけの運命なのかもしれないと考えたこともあったけれど、それはただよくある例をなぞっただけ。だからといって感傷に浸るわけでも、深い悲しみを覚えるわけでもなかった。
 映画の切り替わるタイミングであなたは現れた。それから何時間黙って隣に座っていただろう。きっとただの数分だったはずだけれど、その懐かしい出会いは私にとってはとてもゆっくりと流れる不思議な時間だった。ゆるやかな時間のなかで、あなたのその一言が頭の中にじわりじわりと染みていった。やわらかな甘さが脳の隙間を侵食していく感覚は、麻薬のような後ろめたさと快楽が伴う。もう私は逃げられない。なんとも甘美な優しさだった。

 次の映画が始まる。主人公は私を見ていた。スクリーンから見つめる大きな目。見つめ合って、私は思わず
「おかえり」
 声をこぼした。
 主人公はゆっくりと私に背を向けて、画面の向こうへ歩いていく。角を曲がってからもその残像が残っているような気がした。

 あなたは映写室に座っている。この映画を上映していたのはあなただ。映写室の天使は、あなただったかもしれない。





映画館
170220



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