告白されたのははじめてじゃなかったけれど、その日いつもと違ったのは、どこかで泣いているであろうその女の子と鉢合わせないよう教室に残っていたら、突然開いた入り口で彼女が豆鉄砲を食らったような顔をしていたことだった。女の子が出ていった時間とりんごちゃんが入ってきたタイミングを考えれば、恐らく彼女たちはすれ違っている。わざわざ扉を閉めていったあたり、あの子は既に泣いていたはずだ。りんごちゃんが手に持っている本には学校のラベルが付いていた。つまり図書館の方向からこの教室に来たのだとすれば、廊下を歩いているところに目的の教室から涙を流す女の子が出てきた、といった具合だろう。
「どうしたの、りんごちゃん★」
「……忘れ物を、取りに来たんです」
「他に用事は、あるの?」
「いえ、特には」
「ちょうどよかった、僕もこれから帰るところ、なんだ★」
「そう、ですか、それはちょうど、よかったです」
「うん、一緒に帰ろう★」
「ええ……もちろん」
 歯切れの悪いりんごちゃんというのも珍しい。いつでもパワフルで、どんなに小さなことでも一度疑問に思ったら確かめなければ気がすまない。流石にそんな彼女でも、教室にいた僕を見て状況を悟ったのだろう。だけどこんな状況は彼女にとって初めての経験だった。幼馴染みが人に好かれやすいことは知っている。でもそれは伝聞だったり、目の当たりにしても一過性のものであったり、どこか絵空事でしかなかった。それもそのはず、僕は誰に告白されて誰が僕に真剣な好意を抱いていたかなんて、彼女には一言も告げていない。今まで、一度も。

 幼馴染みというありきたりな、しかし特殊な関係を僕はずっと維持してきた。僕ら、じゃない。僕は。りんごちゃんにそんな意識はない。考える余地も無かったはずだ。それがあまりに当たり前だから。りんごちゃんにしては珍しい、非科学的で不確かな根拠による不変の確信。「まぐろくんは幼馴染みですから」「だってまぐろくんは、まぐろくんでしょう?」その通りだ、ね★ なんて本当に思っていたら僕は邪な考えを隠す必要も無かったろうに。
 僕はきっとりんごちゃんのほとんどすべてを知っている。彼女が彼女について自覚していることを僕は共有している。彼女は僕になにも隠さないから。りんごちゃんはぼくのほとんどすべてを知っているけれどひとつだけ知らないことがある。僕だって彼女になにも隠さない。隠さなかった。あるひとつを除いて。これを彼女に伝えたら、彼女もきっと僕に言えないことがあるということに気付くだろう。
 子供時代はきっとすぐに終わる。焦らなくたってそのうち、僕もりんごちゃんも大人になって色んなことを忘れて色んなものを失う。僕はいつか忘れる色んなことを知っていて、いつか失う色んなものを持っているりんごちゃんが好きだ。僕は君よりもひとつだけ先に忘れてしまった。その代わり別のことを知ったんだよ。でもやっぱり、それを知らなかった日々はもう戻ってこない。だからりんごちゃんには少しでも長く、そのままの君でいてほしかった。

 りんごちゃん、君は今なにを考えているの、かな。揺らいだ確信は君になにを教えたんだろう。揺らいで別の姿を現したとき、それは僕らの子供時代の終わりを意味する。僕の、じゃない。僕らの。僕らはようやく大人になって、新しく見つけたこの感情を共有することになる。そこからまた、今度は明確な根拠でもって、君と一緒に大人になっていけるなら、僕は忘れることも失うことも怖くなんかない、よ。






おとなになること
150430 ささきとあんどう



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