こんな手紙を書く輩なんて日本中にごまんといるだろう。でも俺はあの写真を見たとき書こう、と思ってしまったんだ。
 その写真は実にシンプルな構図だった。手前に広がる菜の花畑、天は雲ひとつ無い青空、そして画面の中央を横切る桜並木。まるで作り物みたいな(もしかしたら作り物なのかもしれない)、この写真の中にあなたがいる、そう直感した。菜の花畑に佇むあなたは何時かのように何かを考えているような、何も考えていないような不思議な表情でこっちを見ている。もしかしたら見ていないのかもしれない。俺はそれを確かめる術すらない。やがてゆるやかな風が吹くと、あなたは思い出したように菜の花畑を抜けて桜並木へ向かう。触れ合う菜の花たちのざわめきが清めの呪文になっていた。あなたの後ろ姿が俺をさそう。小高い桜並木の土手を上って、その向こう側になんてことはない、見慣れた平凡で無機質な街が眼下に広がっているのを目視する。気付けば先に来ていたはずのあなたの姿はもう無い。後ろを振り返ると、広大な菜の花畑も消えている。
 それは一瞬で見た夢だったのかもしれない。体験した記憶は無いのにひどく懐かしい。俺はあなたに会ったことは無いのに会ったことがあるように思う。あなたは俺のことを知りもしない。なのに俺は桜の花びらがはらはらと落ちる様を見る度にあなたを思い出す。写真を見たとき、その理由が分かった気がした。俺は確かにあの写真の中であなたに会っていた。それは夢であって現実だ。数年越しに俺はその答えを得た。俺とあなたは会っていた。たった今。その瞬間に。そしていつか。それをどうしてもあなたに伝えたかった。
 桜の季節なんてとっくに過ぎて、ぐるっと回って最近また暖かくなってきて、再びその季節がやってくる頃だ。言うほど思い入れの無かったあなたに対して、古い友人のようにこんな手紙を書いてしまうのはあなたが中途半端なときに死んでしまったからだということにしておく。
 誰に届くでもない、誰に読まれるでもない、手紙らしい手紙のとしての存在すら与えられなかったこの文字たちに桜の枝を差そう。それで花供養にでもなれば、それはあなたにもお似合いな手向けであるはずだ。





拝啓
150413



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