ドブ川にはいつもなにかが浮かんでいた。ビニール袋、落ち葉、あるいは自転車が浮かんでいたこともあっただろうか。子供の頃の自分が見た川も、大人になった自分が見る川もなんら変わりはなかった。
「ナカジくん」
「なんだ」
 ドブ川の悪臭を遮る甘い香り。季節の花がその移り変わりを見せつけるように咲いている。この国の四季は、下駄でついていくにはあまりに早く駆けていく。
「いい香りがするね」
「――そうだな」
 俺は気分が悪かった。混ざった臭いが鼻につく。サユリは昔から綺麗なものだけ優しく掬い上げる。
「ねえナカジくん」
「なんだ」
「またどこかに行っちゃうの?」
「そうだな」
「なんで?」
「さあ」
「さあ、って」
「意味なんて無い」
「ふうん」
 川に浮かんだまま、青白い顔の死神がこっちを見つめている。
「見てあそこ」
 サユリが指差したのはまさしくその死神だった。
「虹色の魚が泳いでるよ」
「俺には見えん」
「綺麗な虹色の鱗だよ」
 死神の目がギラギラと光る。お前はそれすら綺麗だと言うのか。
「見えん」
「見てごらんよ」
「見えんものは見えん」
「私には見えるよ」
「知らん」
「一緒に見て、ね?」
 きっと今の俺はドブ川みたいな目をしている。サユリはそれでもはにかんだ。
「俺には分からない」
「きっと分かるよ」
「何故」
「私が分かるんだもの」
「俺は俺が確かめられるものしか信用しない」
「確かめるって、どうやって?」
「俺の手が届くかどうか」
「じゃあ、大丈夫だね」
 サユリの両手が俺の手を包んでいた。
「ほら、ちゃんと確かめられるでしょ?」
「それは……」
「ね?」
 続けようとした言葉を吐き出すほど俺は馬鹿ではなかった。サユリの感触が、温度が、俺の腕を伝ってやって来る。1米も無い、腕の距離、実に現実味のある距離。虹色の魚はどこにいるんだろう。きっとサユリのまぶたの裏に住んでいる。落ちた鱗を虹色の魚が食べた。





虹色の魚
140929 ナカジとサユリ



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