突然背後でシャッター音が鳴るのも慣れてしまった。
「青葉、見ちゃいました!」
「……今日はどこから入ってきたのかしら?」
「これはもしかして新作ですか? かっこいいですねえ、どんな武器ですか? 誰が装備するんですか? 夕張さん一言お願い、あーだめです返してください!」
「それはこっちの台詞よ」
 奪い取ったカメラの履歴を手早く消去して放り投げる。
「おっと危ない! もう、壊れたらどうするんですか!」
「私の仕事が増えるだけでしょ」
「それはそうですけど」
「大体、試作品を作ってる間は来るなって何度も言ってるじゃない」
「えー、まだ試作品なんですかー? ほんとにー?」
「うるさいわねえ」
「じゃあ試作品の記事書かせてくださいよう」
「絶対ダメ」
「夕張さんのケチー」
「ケチで結構! さ、出てった出てった」
「ちぇー、完成したら絶対青葉が最初にスクープしますからね!」
 ドアの周りに金属の部品があれこれ散らばっている。またドアの鍵を変えなくちゃ。次こそはあのパパラッチが泣くぐらい複雑な鍵にしよう。

 よく見れば時計の針が行ったり来たりしている。どうりで未だに夕飯時を示している訳だ。最後に時計を見たのは食堂から戻ってきた七時半、それから長いこと作業をしていた。一人のときは置いて行かれることなんて気にしないから楽だ。それにしても今は一体何時なんだろう。
 十月の夜は一枚羽織ってちょうどいい。陸風の赴くままに海岸へ来てしまった。どうしたって私は艦なのだと思い知らされる。人間みたいな身体は持っているのにおかしな話。
 見覚えのある影が防波堤の上に座っている。その影が時たま、平素の姿からは想像もつかない哀愁を漂わせることに気付いたのはいつだったろう。
「海を見ていたって記事は書けないでしょう」
「夕張さん」
「ピッキングの腕だけ上げてどうするのよ」
「恐縮です」
「また直さなきゃいけないじゃない」
「開けっ放しでもいいんですよ?」
「パパラッチが入ってこないならそれでいいんだけど」
「いいじゃないですか、せめて明石さんあたりには合鍵渡したらどうですか? 用があるときに不便だそうですし」
「合鍵を作る前に錠を作り直してるからねえ」
「なるほど」
 私が一瞬視線を外せば、ほらまたそうやって泣きそうな目で海を見てる。私はあなたのそういうところが嫌いよ。
「夕張さん」
「なによ」
「青葉のこと嫌いですか?」
「……そうねえ、あなたの連装砲は嫌いね」
「夕張さんらしいコメントですねえ」
「あなたはどうなのよ」
「夕張さんのことですか?」
「違うわ、あなたはあなたのこと嫌いなの?」
「どうだと思います?」
「私はあなたに聞いてるの」
 お面みたいな口角の上げ方。どうなんでしょうね、とこぼして視線はまた海へ向かう。

「おかしな話です。誰も青葉を責めてはくれません。みんな過去の記憶は海に忘れてきてしまったんでしょうか」
「そうだったらよかったかもしれないわね」
「そうですねえ、残念です」
 海を見たって時間は分からないのに、なんで私はこんなところに来たんだろう。よりによって今日は曇っていて空も見えない。外灯がぽつんと影みたいな光を落とすだけで、水平線は宇宙の暗闇に飲み込まれている。それはまるで
「……まるで深海みたいじゃない」
「え?」
「海よ、海。なんにも見えない。真っ暗で、深海棲艦でも出て来そうだわ」
「そう、ですねえ」
「本当にあなたの言う通りだったらどうする?」
「何がですか?」
「過去がなんちゃらよ。そうよ、だからあいつら私たちを狙うんだわ」
「え?どういう意味です?」
「なるほどね、わかったわ、あなたの言うこと強ち間違ってないのかもしれないわね。あー、すっきりした、気持ちいい!」
「え、え?」
「ごめんなさいね、そういうことよ」
「だからどういうことですか?」
「置いてきたのよ、みんな。海に置いてきたの。置いてきたから追ってくるのよ。そりゃそうよね、私だって追いかけるもの。同じこと考えるに決まってるわ」
「はあ……」
「ところでパパラッチさん」
「え、はい、なんでしょう」
「あなたがしつこく嗅ぎ回ってた装備、一番にスクープするなら今の内よ」
 いつになく間抜けな顔が、ようやく私を見ていた。
「それは――それはぜひ、インタビューさせてください!」





忘れてないよ、みんな覚えてる
140919 夕張と青葉



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