実のところ九番線は燃えてなどいない。
「東郷さん」
 電車が動いている時間帯の連絡通路は人が絶えない。
「東郷さん」
 足音にも種類があると、このうちの何人が知っているだろう。
「東郷さん」
 彼は返事をしない。真上に貼られた観光会社の広告ポスターがうるさい。きいろ。

 残像だけが街を歩いていた。誰も彼もが残像だった。実体はどこに行ってしまったのだろう。あの小さな天才にだってそれは分からないはずだ。このみすぼらしい老人は実体を有する唯一の人間だったのかもしれない。しかしそんな彼も残像に支配された街へ溶けてしまった。
「東郷さん、確かに貴方はこの風船が必要だ。俺はたった今理解したよ。だから俺は貴方にこれを預けていくから。なあ、東郷さん。傘は畳んでるよ。雨は降ってなかったんだ。知ってたけどさ、そんなこと」
 赤い風船を彼の手に握らせる。しっかりと離さないように。赤い風船が残像の流れの中でゆらゆらと揺れていた。

「また浮浪者が――」
「少しは場所を考えて――」

 赤い風船が揺れている。随分と不安定な太陽だった。



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