それは嘆かわしいことだという。
 頭が弱いわけではない。しかし脳と口とを遮断する濾紙がほぼ役割を果たしていないどころかぼろぼろの滓を言葉に混ぜてしまう彼女は、時たま脳漿が綺麗に澄んだそのまま唇の間からこぼれていることがある。
「液体って停滞だから。ホルマリンだって液体だし」
 俺はなにをするわけでもない。彼女の口は放っておけば次から次へと液体を垂れ流す。ただ時折その液体を掬ってみる。
「停滞、ではないんじゃない」
「ううん、ホルマリンは流れないよ。それと一緒」
「固体は?」
「固体は動く。溶けないし」
「氷は融ける」
「融けた氷は水だから。ほら、液体」
 そこで俺は黙る。
「氷よりは、水の方がすきだなあ」
 俺はなにを言うわけでもない。少しの間ふたりとも黙ったままだった。
「でも液体は駄目だね」
「停滞だから?」
「そう」
「いいんじゃない、すきなら」
「うん……そう思ったけど」
「駄目?」
「うん、そう。駄目。たぶん」
「なにが?」
「放棄してるから。考えることを」
「ああ」
「だから、私にとっては、駄目じゃないけど、駄目じゃないから、駄目」
「え、それはどういう意味?」
「うーん……溺れちゃうから」
「溺れる?」
「そう、溺れちゃう……うん。それ。液体で、溺れちゃう」
 彼女は一人納得したようで、目を閉じて微かに笑っていた。
 俺は溺れるのが誰なのかとぼんやり考えた。

 それは嘆かわしいことだと、いう。





心臓が溶ける
130225



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