彼女のなきがらが足元に横たわっていた。それはほんとうに眠っているようにうつくしかったので、私はただずるい、と思った。彼女の真っ白でつやつやとした肌はそれこそ陶器のようで、なおかつ触れた箇所からぼろぼろと崩れてしまう砂糖菓子のようでもあった。私のつまさきの数センチ先に落ちている細くてうつくしい腕はほんとうに作り物のようで、私はますますそれがにくたらしいと思った。

 私は泣いているのだ。ぽろぽろと泣いているのだ。ぽろぽろとこぼれる涙は砂糖菓子の上に落ちてはぼてぼてとまるい穴を作っていく。彼女の真っ白で陶器のような腕に不釣合いなクレーターを作っていく。私はかなしくて泣いているのではない。私はくやしくて泣いているのだ。だって私は彼女がなきがらになってしまったことをちっともかなしいと思っていない。私はただうつくしいなきがらに、ずるいずるいと嫉妬しているのだ。そんな自分がいやで、そんな醜い自分をうつくしい彼女とくらべて、みじめな気持ちになって、泣いているのだ。

 ぽつ、と、砂糖菓子に涙とは別のなにかがクレーターを作った。それは段々と数を増やし、ぽつぽつぽつと彼女のからだに穴を作っていく。雨だ。雨は彼女の腕のみならず、彼女の足、胴体、頭にもクレーターを作っていく。ぽつぽつぽつぽつぽつぽつぽつ、と。彼女のからだはクレーターだらけになる。やがてクレーターが彼女のからだを埋め尽くすと、次第に彼女のからだは雨に打たれたところから溶け始めた。真っ白なからだが溶かされていく。すると内側から、真っ黒ななかみが現れた。そしてもちろん、現れた真っ黒ななかみも雨に溶かされていく。真っ白なからだと真っ黒ななかみが溶けて滲んでいく。まるで厚化粧をした娼婦が流す、マスカラにまみれた涙のようだった。私はいい気味だ、と思った。濁ってしまえばいい、と。でもそれは一瞬だった。

 黒く濁った彼女は雨と一緒にどこかへ流れていく。小さな川になって流れていく。私は息を飲んだ。ずるいずるい。なんてずるい。溶けた彼女が川になってしまったなんて。川が流れていくなんて。そんなの、ずるい。だって川のおしまいは決まっている。川は、その、おおきくてあたたかな場所に、かえるのだ。
 ずるいずるい、と私はまた泣いた。マスカラまみれの涙でさえ、海へ流れていくのだ。やはり彼女はどこまでもうつくしいのだ。彼女は陶器のようで、砂糖菓子のようで、それはクレーターにまみれても、黒く濁っても、変わりはしないのだ。

 私はずるいずるい、と泣いていた。私の周りにはいくつも川が流れていた。私はこわかったのだ。誰もが雨に溶けて川になって海へ流れていった。誰もがそのなきがらは陶器のようで砂糖菓子のようで、真っ白だった。なきがらはひとつ残らず真っ白だった。彼女たちは海へ流れていった。私はただそれを眺めることしかできなかった。

 小さな川が私の足元をやさしく流れていく。私を海へ連れていってくれることはないくせに、その川はとてもやさしく私の素足を撫でるのだ。私に残酷なうつくしさだけを残して、流れていってしまうのだ。

 私はずるいずるい、と泣いていた。私はただ海が恋しかったのだ。





なきがら
(130201)



×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -