濡れた髪を拭いて、わしゃわしゃと擦れる音に混じってギターが聞こえる。アンプを通していないエレキギターのペラペラした音。
でたらめなリフが途切れてなにかガサガサと聞こえるのでリビングを覗いたら、奴はギターを片手にポテトチップスの袋を漁っていた。
「これ、まずいよ」
「そう」
「前から言おうと思ってたけど、君ってほんとお菓子選ぶセンス無いよね」
「そうみたい」
文句を言いながらも一人で一袋を食べきったらしく、ご丁寧にごみを畳んでいた。そのくせポテトチップスの油にまみれた手は拭かない。ギターの悲鳴が聞こえたような気がしたけれど聞かなかった。
「ねえ、そこの袋の中からお菓子取って。なんでもいいや」
足元に転がっていたビニール袋に手を伸ばしてみると、思った以上にそれは大量の菓子が詰め込まれていた。買うときは特に気にしていなかったけれど、改めて見るとそれだけで胃がもたれそうだ。適当に漁れば袋同士ががさがさと鳴って、なんとなく気持ちを逆撫でされているようだった。
「はい」
「これ?」
反応の予想はついた。特になんとも思わなかった。
「開かない。ハサミ取って」
「ねえ」
「ん?」
「なんで来たの?」
「うん、なんでだろう」
奴の笑顔を見て、なんでだろう、と口には出さずに外側だけ反復した。来た理由なんて大方見当はつく。
「ねえ、ハサミ」
「そっち」
「いま動けない」
「なんで」
「ギターが汚れちゃうでしょ」
こいつは昔から嘘をつくのが下手だった。奴の隣を通り過ぎて窓際にある机の引き出しを開ける。久しぶりにカーテンの開けられた窓際はまぶしかった。ハサミなんて久しく使っていないがそれでもシャキ、と軽い音がした。
「刺しちゃだめだよ」
「……なんで」
「痛いのは嫌いだからさ」
「そういう意味じゃない」
「君は昔から、嘘つくのが下手だよね」
「あんたに言われたくない」
ちゃんと持ち手を相手に向けてハサミを渡してやれば、奴は笑って「ありがとう」と応えた。
「やっぱりあんまおいしくないや、これ」
「そう」
「うん、もう買わない方がいいよ」
「……そういうの、いらない」
「そういうのって? どういうの?」
「あんたの嘘は白々しいから嫌い」
口角だけ上げて返事をしなかった。またおもむろにギターを弾き始める。
「やめて、その曲。嫌いだから」
「あれ? 昔は好きだって言ってたのに」
「それは昔の話」
「俺は好きなんだよね、この曲」
知らないよ、とは言えなかった。懐かしいアルペジオが脳細胞の合間を縫うように駆けていく。ざわりざわり。耳の奥が揺さぶられる。
「掃除しようよ。俺も手伝うから。この部屋中に溢れてる食べ物どうにかしちゃってさ。それから買い物に行こう。さっき駅ビル通ったら、君に似合いそうな服着てるマネキンが居たんだよ。あれ買おう……あ、あれって、マネキンじゃないよ? 服の方ね。なんなら化粧品とかも買えばいいじゃん。風呂入ってさっぱりしただろ? 鏡見てみなよ、さっきまでと全然違うから」
「……あんたは昔となんにも変わらないね」
「よく言われる」
「昔からあんたが嫌いだった」
「うん、知ってる」
相変わらずアンプを通していないエレキギターと同じぐらいペラペラで中身の無い声だ。なのにこの声が豊かなアルペジオに乗った途端、化学反応が起きてしまうからあの曲が好きだった。
「弦も買うかあ」
愛おしそうにギターを撫でるその手は油にまみれている。
死んでくれないならもう一度歌って、ロックスター
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