帰る場所があることは幸せなことだなんて決めつけたのは誰か。疑問だけ浮かべてそれ以上考えることは放棄した。だってこの問いに結論を出したところで私にはなんの利益も無い。
「……骸様は居ないよ」
「なによ、用も無く来ちゃいけないっていうの? そんなことより、ここは客にお茶も出さないわけ?」
「客……」
「そうよ、貴重な賓客よ、もてなしなさい」
 陰湿な視線をこちらに向けていた男は面倒くさそうにため息をついた。あと数分待てば、それなりの味の紅茶が運ばれてくるのだから、やっぱり男はばかだなあと思う。
 ばかな男が去った部屋は静かだった。今日はあの男よりもっとばかな男がどこかに出かけているらしい。もっとばかな男と同じぐらいばかな女も見当たらない。あれは居ても目障りなだけで騒ぎはしないけど。骸ちゃんも居ないということは、いま私と奴はふたりきりである。随分と退屈なふたりきりだ。
 無言で部屋に入ってくるものだから、テーブルに私専用のカップとソーサーが置かれてカチャ、と鳴るまで男の存在に気付かなかった。職業柄そんなことがあってはならないからどきりとする。少し疲れているのかもしれない。
「早かったのね」
「……遅いと文句言うだろ」
 男の愚痴は無視して紅茶を口に含んだ。渋味からなにから私好みに仕上がっていてなんだか癪に障る。お茶請けぐらい出しなさいよ、とケチをつけようと思ったら既にマカロンが置いてあった。この前来た時に買ってきたマカロンだ。
「賞味期限切れを消費させようっていうの?」
「あれはクロームが食べた」
「あっそう」
 なんだか色んな感情を通り越してばかばかしくなった。マカロンはおいしい。確かに常備しておけと言ったのは私だ。でも食べているうちに甘さが気持ち悪くなってきた。
「おかしい、絶対におかしい、毒でも盛ったわけ?」
「……そのメリットは?」
「あんたのそういうところが嫌い」
 男はまた面倒くさそうにため息をつき、向かいのソファに座って本を開く。私が来てから今の今まで、奴は一度も顔色を変えていない。しばし眺めてみたが、淡々と、いっそ退屈そうにページをめくるだけだ。
「ばかばかしいわ、ほんとうに、ばかばかしい……」
 男が顔を上げて、初めて表情を動かした。わずかだが目を見開いたのだ。
「見てんじゃないわよ、ばか」
「……MM」
「なによ」
「おかえり」
 人の溢れそうになっている涙を見て微かに口角を上げた男なんて、ろくな奴じゃない。





ただいまなんて絶対言わない
121211 MMと柿本



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