桜の花が咲いていたからそれは春の出来事だろう。それにしては寒かったように思う。

 ひややかな花曇りだ。
「焚き火でもしたい陽気だね」
「煙は嫌いだ。それから臭いも」
「風情が無いねえ」
 カチカチとペンライトの電源をいじりながらそう言った。
「じゃあ焚き火で明かりを確保すればよかったんじゃない」
「それじゃあだめなんだよ」
 ライトの先をこちらに向けるけれどまぶしさは感じられない。いくら日光が遮られているとはいえ、時刻はあくまで真昼間なのだ。
「見てなよ」
 明後日の方向をライトで照らして、そのまま時が止まる。心臓の音がとくとくと聞こえる。薄い光がぬるりと伸び始めたのはそれからだ。しばらくまっすぐに伸びたライトは途中で重さに耐えかねたようにぐにゃりとゆがむ。光が落ちた先の地面がトーストになって、蜂蜜がどろりと溜まっていく。片足を光に突っ込もうとした。

「電気を消して」
 桜の幹にあった四角いスイッチをかちり、と押す。辺りは真っ暗になる。遠くに見える焚き火の赤い明かり。

 爪先の焦げる臭いをなぜか覚えていた。





海馬の灯台
121120



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