むらさき色の雲を見つめながら私は目の中に星が散らばっていく様を想像している。夕暮れ時の四角い窓枠の向こう側は無性にきらめいて見えるのだ。ドーナツを買って食べればよかったと少し後悔した。ふわふわのクリームを頬張りながら一駅ぶんだけ歩くのはどんなに気持ちがよかったことだろう。だけど短い散歩をしていたらきっとこのきらめきを見ることはできなかった。たぶんそう。それでもやっぱり外の空気が愛おしすぎたから、きらめきとドーナツの至福を両方とも手に入れる方法を思いついてそれを実行に移した。
 曲がりくねった商店街を歩いているとどんどん知らない場所に入っていって、それがたまらなく楽しい。そのうちきっと見たこともない言語が紛れ込んで、見たこともない姿の生物が街を闊歩しだすのだ。それはとてつもなく楽しい。だけど今はその前になすべきことがある。私は素直によく知っている場所に向かっている。ただしなるべく楽しい道を通って。狭い路地だとか、抜け道だとか、そういうありきたりに楽しい道がこの辺りには溢れている。
 かくして私はクリームたっぷりのドーナツを手に入れて店を出る。と同時にかぶりついて至福のひとときを味わった。マリア様になったような気分で顔を上げると目の前に立っていたのはイエスではなく眼鏡の青年だった。
「その眼鏡はなにが見えるの?」
「腹の中の魔物」
 胃袋の中でクリームを与えられ浮かれていた魔物がはっと彼の方を向いた。
「驚いた?」
「別に、そういう人はよくいるから」
「そう、よかった」
 魔物が胃袋の中でクリームを吐き出していた。
「他になにが見えるの?」
「別に、それだけ」
「そう、つまらない人ね」
 ふん、と言って彼は立ち去った。その後ろ姿へ舌を出している魔物をこら、と叱って私も別方向へ歩き出した。
 手が少しつめたい。さっきドーナツを食べたばかりだというのに魔物がぎゅう、と鳴いた。制服のスカートの中にふわりと風が舞い込んできた。さわり、と私の太ももから体温を食んで消えていった。二種類の気温が混ざっているようで私は静かにおしまいのことを考える。透明人間は今頃なにをしているのだろう。そのうち気付くと私はどこかの屋上に居た。
 もうむらさき色の雲は見当たらなくて、実際に見える星は想像よりもずっと少なかった。それでも私はそれを目に焼き付ける。
「時計の針が取れちゃったのよ。ちょっと勢いよく回りすぎたのね」
 気付けば魔物も寝息を立てている。新たなドーナツに対する欲求よりも疲労の方が勝ったのだろうか。
「やっぱり肌寒いわ。そうね、やっぱり肌寒いのよ」
 この寒さはきっと、魔物が起きていて炎を吐いたとしても暖まることは無い。ただ私は素直に星が美しいと、そう思った。





星とドーナツ
121015



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