九番線のホームが燃えていた。
 真っ赤な炎が九番線のホームを包み込んでいる。太陽の光に焼かれてしまったのだ。俺はそれを無感情に眺めていた。ぱきぱきと薪が燃えるような音。焦げた食パンのような臭い。随分と呆気ない最後だった。
 人々は何事もないようにスクランブル交差点ですれ違う。傘も差さずに。赤い太陽はぎらぎらと光線を放って全てを焼き尽くさんとしている。人々が太陽に溶かされる様子を想像した。人々の笑い声がどろどろに溶けて、黄色人種たちの肌が焼け爛れて、アスファルトやコンクリートと混ざって景色がだんだん低くなっていく。俺はそれを透明なビニール傘の内側から眺めている。そんな想像。
「厳密に言うならそれは想像じゃなくて妄想よ」
 フィルムを剥ぎ取る声はいつも同じだ。
「大した違いも無いだろ」
「さあ、どうかしら」
 ガードレールの上に座った彼女がはしたなく林檎にかぶりつく。「甘くておいしい」通行人たちが俺と少女に目を向けることは無い。最初から存在しないかのように通り過ぎていく。俺の方だって気持ちの悪い体温には興味が無かったから別に構わないけれど、「でも貴方にはあげない」それにしたって気が知れない。燃えている九番線にさえ全く興味を示さないのだから。
「その代わり、これをあげる」
「いらないよ」
「貴方にじゃないわ、貴方とよく居るあのおじいさんによ」
「東郷さんか」
「そんな名前だったかしら」
 そう言って彼女が差し出したのは、いつの間にかどこからか持ってきた赤い風船だった。
「今度は割っちゃだめよ。あのおじいさんのものなんだから」
「東郷さんだっていらないだろ」
「いいえ、あの人には必要なものよ」
「そうか、ダンボールが雨漏りした時の修復材料にでもするかもしれない」
「貴方は頭が悪いのが欠点ね」
「悪かったね、小さな天才さん」
「もういいわ、それを早くおじいさんに届けて差し上げて。九番線はあんな様子だから、東口の通路に居るわ」
「感謝しておくよ」
「それからもう一つ、特別に教えてあげる」
 東口ならこの場所から、スクランブル交差点を渡って反対側だ。丁度信号が青になる。俺は彼女が話を終える前に歩き出す。
「ビニール傘じゃ太陽の光を集められないのよ、知ってた?」
 俺はその一言を聞いていない。



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