クロームが溶けていた。
 例えでもなんでもない。コンクリートの床にへばりついて、右半身が溶けていたのだ。落としたアイスクリームのように、女の右半身が、白い皮膚が、深緑色の制服が、黒い眼帯が溶けている。溶けて趣味の悪いマーブル模様を作り上げている。クロームは俺を認めてゆっくりとひとつ、長いまつげを上下させた。
「犬」
 半分になった唇が動いてそのわりにきれいな音を発した。溶けたもう半分は頬の白に混じってピンク色になっている。
「なんらよ」
 伊達に長年、術士の部下をやっているわけではないのだ。これが幻術であることなど一目で分かる。棘を含んだ言い方になったことをほんの一瞬だけ気にかけたが、当の本人は全く意に介していないようでその違和感にまた不快感が募った。
「なんでもない」
「……能力の無駄使いら」
「うん」
「骸さんにもらった大事な力を、そんな遊びに使うんらねーびょん」
「うん」
「…………」
 調子が狂う。いつもならすぐにごめんなさい、と細い声をこぼしてどこかに行ってしまうのに、ぎょろりと空ろな目は俺の方を見るわけでもなく部屋の中を泳いでいる。
「いつまでそんなとこ寝っ転がってるびょん!」
 歩み寄って女の左腕を引っ張り上げた。驚いた左目が僅かに見開かれて、その直後、溶けた前髪がどろりと目の端を流れる。
 無理矢理立ち上がらせた女はまだ半身を溶かしたままだった。だらだらと気色の悪い液体が床に広がる。
 溶けた体の内側が見えた。薄っぺらい輪郭の中は真っ暗でなにも無かった。薄いチョコレートを割ると中からおまけが出てくる菓子を思い出した。だがクロームの体はからっぽで、ちゃちな玩具でさえ入っていない。
「空洞なの」
「はあ?」
「からっぽ。なにもない」
 半分の口が不気味に動いて、チョコレートどころか吐き気を催した。現実味が無いからこそ余計に気味が悪い。
「お前は……お前は、骸さんの器らろ」
「うん」
「器になんか違うもの詰めて、どうするびょん」
「……分かってる」
「分かってるんなら」
「あのね、犬」
 まるい目がはじめて俺を見る。
「社には、神様が居てはじめて価値が生まれるの。神様が居ない社なんて、少しも役に立たない存在なの」
「だからなんだっていうんらびょん!」
 いらいらして無意識のうちにクロームの腕を握る力が強くなっていたらしい、痛、という声が耳に入って舌打ちをした。それから我にかえって腕を乱暴に投げ捨てる。
「寝ぼけたこと言ってんじゃねーびょん! だから俺たちは骸さんを待ってるんらろ!」
「うん、だから」
「んあ?」
「だから、さみしい」
 クロームはもう俺など見ていない。目を泳がせるだけであの人が見つかるなら、溶けたはずの右目を俺にくれればよかったのに。





がらんどう
120730 城島と髑髏



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