現れた白装束はこう言った。
「いつまでもこんなところに居座っていられるとお思いですか。貴方のような人間がいるから世の中は腐っていくんです。そんなに世間は甘くないんですよ。身分を剥奪されても構わないのですか」
「だからもう剥奪されてるって」
「人間は太陽がなくては生きていけないのです。貴方はこんな薄暗い場所で生活が出来るとでもお思いですか? 自らの手で己の首を絞めていることを自覚なさい。そして貴方の死体は腐り、腐臭を発し、世界を汚していくのです。その責任を貴方は負えるのですか?」
「死体に責任求められても」
「いィからほっとけ坊主」
「これ趣味だから気にしないで」
「そこの浮浪者も同じですよ」
「アんだともういッぺん言ってみやがれガスマスク野郎!」
 先程買った林檎をかじる。路地裏の古臭い青果店が、珍しくうまそうな商品を仕入れていたので思わず買ってしまったのだ。あの店は頭のおかしい年寄りが店番をしているから万人に対して開かれていた。しかしいざ食べてみた林檎は不味くもなければさして美味くもない。甘さはみずみずしいを通り越した水っぽさに負けている。
「甘い林檎の見分け方を教えてあげましょうか?」
「別にいいよ」
「強情なのね」
 高い声で笑う彼女は手にしっかりとアイスクリームのカップを持っている。白装束と東郷さんの二人は少女に気付いていないらしい。
「あげないわよ」
 真っ白なバニラアイスをスプーンに乗せ、わざわざ俺に見せびらかしてから食べる。
「それは残念」
「うふふ」
 東郷さんのわめき散らす声を聞きながら平和を噛み締める。
「デジャヴだ」
「違うわ、それはただの繰り返しよ」
「……前から思ってたけど」
「なあに?」
「君は気味が悪いね」
「私は天才なのよ」
 東郷さんは白装束と取っ組み合いを始めていた。外の雑音が少しだけいとおしく感じた。ほんの少しだけ。
「ジーニアス!」
 少女が叫んだ。

 透明なフィルムをぱきぱきと握りつぶす。誰も居なくなった、なにも聞こえなくなった九番線のホームに赤い風船が転がっている。なさけなく空気が抜けて、しわの寄った惨めな風船。足で踏みつけても、大した存在感も無い。
 きゅきゅきゅきゅ、ばん。
 残骸に足を滑らせた振りをしてホームに倒れてみた。逆さまになったカップから、食べたかったはずのバニラアイスがどろどろ溶け出している。
「俺が食べたかったのは林檎だ」
 ぱきぱきとフィルムのめくれる音がする。

「それでも貴方は赤が好きだって言うんだから、ああ可笑しい!」
 子供独特の耳障りな声が、街の音に混じって聞こえた。



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