「ねえアキラくん、私きみの名前はとっても素敵だと思うの」
 台風が近づいていた。白い低気圧が辺りを覆っていて、時折口に溜めた空気を吐き出すように風が吹く。折り畳み傘はまだ二人の鞄の中で大人しくしているけれど、きっともう数時間しないうちに出番が来る。
「自分の名前も気に入ってるけど」
「トーコ?」
「そう」
 アキラの斜め前、トーコは大股で坂道を下る。セミロングの黒い髪が風に煽られて少しくしゃくしゃになっていた。
 またびゅう、と風が吹く。
「ねえアキラくん」
 風に邪魔されるまいと、トーコが大声を出す。
「なに」
 それに応えるようにアキラも声を張り上げた。
「私夏は嫌いじゃないけど」
 トーコがそこまで言ったあたりで風が収まる。一拍置いて、トーコはまた言葉を続けた。
「夏は嫌いじゃないけど、ちょっと目に痛いと思うの」
「なにが?」
「色よ。ほら、黄色とか、オレンジとか、青とか。それから白」
「今日みたいな白じゃなくて」
「そう、やかましい白!」
 宣言するように放ったトーコの言葉がこだまする。心なしか、辺りの静寂が増したように感じられた。
 トーコは乱れた髪を手櫛で直す。
「もっと素敵な色があるのに、みんな知らないのよ」
 アキラはなにも言わずに黙っていた。
「分かるでしょ?」
 辺りの沈黙がうるさすぎた。アキラは早く風でも吹けばいいと思ってから、そう思った自分に一度呆れる。アキラが吐いた溜息にトーコは気付いていない。気付いていたとしても、にやりと笑うだけだとアキラは知っていた。

「ねえ明くん、二人で透明になれたらそれは素敵なことだと思わない?」

 今度こそ風がびゅう、と吹き付けて、透子は振り上げた腕と一緒に出した大きな一歩で坂道のコンクリートを蹴り上げる。黒い髪が風と一緒に流れてすっと溶けた。
 背後に放り投げられた手を明が握れば透子は笑っていた。

 もうすぐ雨が降る。





トーコとアキラ
120623

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お題:カラフル
魚の耳」さんに提出。
透明も色……ですよね……?笑



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