つやつやとした赤い風船が呑気に揺れている。足元ではエナメルの小さな赤い靴が、動く度ぬらぬらと光っていた。
「アイスクリームが食べたいわ」
 ベンチの反対端を見遣って、俺はアイスキャンディを口に入れたまましばし動きを止める。
「……やらねえよ」
「食べかけなんて汚い! それに私はそんな安っぽいものじゃなくて、お上品なアイスクリームが食べたいのよ」
 体の大きさとかけ離れた話し方をする子供だ。
 しゃく、と噛めば水色の味がした。林檎が食べたいかもしれない。
「差し上げましょうか」
「何を?」
「これ」
 ませた笑い方をしながら彼女は風船を差し出した。
「……いや、結構」
「あらそう」
 俺が断ったことなど気にする素振りも見せない。それどころか、短い足を遊ばせながら楽しそうに何かを口ずさんでいる。古い歌謡曲のような短調の何か。
「人ってね、太陽がないと生きていけないのよ」
「そうらしいな」
「あら、知ってたの」
「残念ながら」
「それは残念ね」
 黴臭いホームにまたあべこべな歌謡曲が流れる。

「さあ」
 不意に彼女は立ち上がる。
「お母様をお迎えに行って差し上げないと。きっと寂しがっているわ」
 いつの間にか彼女の手から風船が消えている。
「それでは、ごきげんよう」
 スカートの端を持ち上げて恭しく礼をしたと思えば、くるりと踵を返し小走りで去っていく。階段に差し掛かったところで、ぴょこぴょこと跳ねるツインテールが不思議そうな顔をした男とすれ違っていた。
「なんだ今の嬢ちゃん。まさかてめェのガキか?」
「まさか」
 ただの棒きれになったアイスキャンディに視線を落とす。
「東郷さん」
「なんだッと……お、当たりじゃねえか」
「やるよ」
「へへッ、悪いな、坊主」
 見上げると赤い風船が天井にぶつかっていた。



×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -