九番線のホームで電車を待っている。

 張り詰めた空気の向こう側から、募金を呼びかける学生たちの怒号とも悲鳴ともつかない声が聞こえていた。
「この国も平和になったもンだ。俺が若かった頃はこんななまぬるい空気なんぞ流れちゃいなかった」
「東郷さん、その話、もう三十一回目だ」
「四十回でも五十回でも話してやらァ」
「俺にそんな昔話する暇があるなら、仕事でも探してきなよ」
「余計なお世話だこの青二才が! 大体真昼間っからこんなところでふらふらしてる坊主に言われたかねェ」
「まあ、確かにそう言われると俺も返す言葉が無い」
「だッたら人生の先輩様に酒のひとつでも買って来い」
「だから、身分証無いからそういうの買えないんだって」
「身分証だァ? けっ、世知辛い世の中だ」
 薄暗いホームは淀んだ空気が蓄積して埃にまみれている。なにも映さない窓から差し込む日の光でさえ汚染されているようだ。

 不意にありがとうございます、と高い声が複数飛んだ。
「あァんな小憎らしいガキどもにくれてやる金があるならァー、この神にも見捨てられた憐れな男に酒を与えたまえェい!」
「……言うだけならタダだね」
「んだァ坊主、なんか言ったかァ?」
「なーんも」
 落ちぶれた酔っ払いのわめき声を聞きながら、電車の来ないホームで俺は今日も平和を噛み締めている。



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