俺はあの女が嫌いだ。
 彼の人にとって貴重な駒であるから適当に世話をしてやっているだけで、本当のところ、今すぐここからつまみ出してしまいたかった。
 簡潔に言うと馴れ馴れしいのだ。突然現れた捨て駒の分際で、この場所に居座ることが出来るとでも思っているのだろうか。そう易々と部外者が立ち入れる場所ではないのだと、分かっているのだろうか。分かっているはずがない。無知で愚かな生娘なんて高が知れている。

「俺はお前が嫌いだ」
 俺たちはずっと昔から一緒に生きて、生きて、生き抜いて、ありとあらゆるものから見放されてもお互いの手だけを頼りに生きて、そんな俺たちに救いの手を差し伸べてくれた彼の人に一生付き従うと誓って、両手のそれぞれに握った手は絶対に、何があっても離さないと決心して、その手があれば他には何もいらないと、そう信じて生きてきた。暖もろくに取れず凍えていたいつかの夜、急に心細くなって泣き出した俺の両手を夜が明けるまで握っていてくれた彼らの、冷えきった手の温かさを俺は生まれ変わっても忘れない。あいつの右手は俺のもので、あいつの左手は彼の人のもので、俺の左手はあいつのもので、俺の右手は彼の人のものだ。彼の人はあいつの左手と俺の右手をずっと離さないでいてくれて、それだけだ。それだけで十分すぎるほどに十分だ。それは夜が明けても変わらなかったことで、三人で約束したことで、だから俺は二人のためだけに生きようと、もう何が起きても泣かないと、そう決めた。お前なんかが、入る隙間はどこにもない。お前はずっと一緒に生きたあいつの代わりになんかなれやしない、まして彼の人の代わりになんて……代理なんて、俺たちには関係が無い。絶対お前は代わりになんてならない。なることは出来ない。俺はあいつと彼の人以外の誰かに、自分の手を預ける気なんて毛頭無い、俺は絶対に両手を離さない、俺は、俺は絶対に。それなのにお前は、あいつと彼の人は、お前に、お前は、俺の代わりにだってなるはずがないんだ、絶対に、何があっても、これは、自意識過剰なんかじゃない、ない、ないんだ、だから、違う、俺は、分かってる、お前だってそんな、違うんだろ、俺は知ってる、俺はあいつみたいに、馬鹿じゃないから知ってる、お前がどんな人間か、お前だって、そう、だから、俺は何を言ってるんだ、つまり、だから、でも、いや、違う、でも、俺は、俺はただ、

 俺はいつからこんな饒舌になったのだろう。不慣れなことをした口の中は干からびて喉がささくれ立っている。
「千種」
 現れたときのように突然俺の名前を呼んだと思えば、細い腕が後頭部に回されて、元々丸い自分の背が更に曲がる。
「大丈夫」
 俺はこの女が嫌いだ。
 そう思った瞬間、死んでいたはずの涙腺が急に息を吹き返して乾燥した頬に塩分が染みた。ごめんね、と幼子をあやすかのようにそっと力を込めた彼女の腕の暖かさなんて、一生知りたくもなかった。





シンメトリー
120408 柿本と髑髏



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