三月をベランダから放り投げれば、彼が吹き飛ばされることもないと信じていた。
 この寂れた町で彼だけが輝いていた。幼い頃からずっと彼の手だけを握っていた。彼が居れば僕に怖いものはなにもなかった。どんなに風が吹き荒れても僕はこの町で生きていけると信じていた。
 強い風が連れて来た三月に、彼はなにを思ったのか。翻るカーテンに僕はただ怯えていた。開け放った窓の前で彼がどんな表情をしていたのかなんて知る由も無い。僕はただ放り投げたはずの三月を否定することしか出来なかった。
 彼を彼たらしめる羽をもぎ取ってしまえばよかったのかもしれない。そうすれば風が彼を連れ去ってしまうこともなかったのかもしれない。しかし僕は見ていた。彼の腕が風を掴んだその瞬間を。つまり風が吹かなかったとしても彼は飛んで行ったのだろう。それとも彼は風が来るのを待っていたのかもしれない。

 しかしその手を離したのは誰だったか。僕は覚えていない。何故なら彼に手を離された覚えが無いのだ。だとすれば僕自身が彼の手を離したということになるけれど、そんなはずはない。何故ならかつての僕が最も恐れていたのは彼の手を離すことだった。
 もしかするとベランダから投げ捨てたのは、三月と間違えた彼だったのかもしれない。放り投げたそれが果たしてどんな形をしていたか。そんなことすら覚えていないのだ。天使の姿をしていたようにも、お気に入りのテディベアに羽をつけたらしき姿をしていたようにも思う。風の強い日だった、確かなことは、それだけだ。

 風の日にはいつも彼のことを考えていた。彼はなぜ飛んで行ってしまったのか。彼は今どこにいるのか。そもそも彼は何者だったのか。彼は僕になにをもたらしていたのだろうか。

 次に強い風が吹いた日、僕はこの三月に捕らわれた町を捨てる。そして天使あるいはテディベア、きっと僕は君を忘れる。





風の日
120309



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