夏空のサイケデリックな青さに酔ったのかもしれない。ぼんやりと霞む黒いフィルター越しにも伝わる限りなく偽物に近い本物の色が素手で脳みそを溶かしにかかっている。ゆっくりと倒れ込んだアスファルトの熱がじりじりと皮膚に染みる。りりりりり、なにかが鳴っている。
 汗ばんだ額に張り付く前髪をよける。その手を追った眼球が線路沿いに咲く赤い花を見つけた。目がちかちかする。冷たい水が飲みたい。りりりりり、りりりりり、なんの音だろう。それはまるで警報のようだった。執拗に鳴り響くその音が青すぎる空に溶けていく。
 赤い花が好きだった気がする。きっと自分じゃない。誰か。誰だったろう。警報の向こう側で言葉を放つ君だろうか。赤い花が気持ち悪い青を弾き飛ばして余計に気分が悪い。青は好きじゃない。多分。自分もきっと赤が好きだった。でもあの赤は好きじゃない。なぜだろう。
 言葉の切れ端を確かに見たのだ。警報に遮られてうまく聞き取れない。別の警報が聞こえる。低い振動が全身を揺らしてすぐ隣を電車が通り過ぎた。あの電車に乗りたかった気がする。遮断機の音は止んだ。警報は鳴り止まない。
 体が熱い。焼けたアスファルトのせいだろう。風が吹いてもやっぱり熱い。熱さに溺れるようだ。そうだ、あの電車に乗って海に行きたかった。青は好きじゃなかったけれど。それで体を冷やして、真っ赤な警報を海に浮かべたかった。多分。きっと。でも電車には乗れなかった。
 瞼を閉じれば頭の中で原色の青と赤が混ざり合うから、じっと空を見ていた。警報が溶けすぎて君の言葉が聞こえない。りりりりり、りりりりり、赤い花が好きだから赤の上に言葉を乗せたのだろうけれど、これじゃあ全く分からない。溶けるだけで、浮かび上がりはしない。空へ浮かべるには毒々しさが足りないのだ。君はそれがわかっていたのだろうか。
 それでもめげずにじっと耳をすまして、ようやく警報の向こう側にある言葉を拾った。辺りは恐ろしく静かだ。
「おやすみ」
 ああ、おやすみ。夢の中で君に出会えたらいいと思う。





それは嘘じゃない
120221

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お題:おやすみ
魚の耳」さんに提出。



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