背骨が鳴った。ぱき、とそれこそチョコレートを割ったような音が背中から聞こえた。そしてなぜか僕は納得した。ああ折れたのだ、と。
「明日は雨が降るって。傘忘れちゃだめだよ」
「わかった」
 天気予報はちゃんと見るから、明日の正確な降水確率を僕は知っていた。けれどそれ以上なにも言わない。ぱき、とチョコレートの割れる音がしたので手を出してみた。
「ちょうだい」
「だめ」
「本当に好きだね」
「うん」
「なんでそんなに好きなの」
「割れるから。ぱき、って」
「そう」
「うん」
 時計の秒針が動く音さえ聞こえてしまう。またチョコレートがぱき、と割られた。
「背骨がさ」
「うん」
「折れたんだよ、ぱき、って」
「へえ」
「チョコレートみたいだろ」
「そうだね。でもあげない」
 視線はしばらく手元から動いていない。僕の視線もしばらく、その伏せた目から動いていない。
「明日、傘はいらないよ」
 予想通り、ばちり、と目が合った。
「なんで」
「だって雨は降らない」
「降るよ」
「なんで」
「降るから」
「そう。でも傘はいらない」
 いつもの僕なら、雨が降ると言われたら必ず傘を持って歩いた。たとえその日の天気予報で降水確率が0%だったとしても。もちろん折り畳み傘なんて野暮な物ではない。すると決まって僕にそう言った張本人が、なんで傘持ってるの、昨日いらないって言ったでしょ、と馬鹿にするのだ。
「なんで」
「だってほら、背骨が」
「背骨?」
「背骨が折れたから」
 呆気にとられた顔をして、手が止まっている。だから銀紙からはみ出たチョコレートに僕が手を伸ばした。
「あ」
「隙あり」
 不本意に欠けてしまったチョコレートをしばし見つめてから、また何事もなかったかのようにぱりぱりと銀紙をめくる。
「……でも」
「でも?」
「明日は、雨が降るよ」
「うん、知ってる」
 だから今度はずぶ濡れになった君を、僕が盛大に笑ってやるのだ。





背骨は僕が食べました
120220



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