カン、カン、カン、カン、過度に耳障りな秒針と間違うほど規則正しく、真っ白な皿へ銀色のスプーンを打ちつけている。俺が部屋に入ったときにはもうこの状態だったので、かれこれ五分以上。彼女は頭がおかしい。
「なんで来たのよ」
 うるさすぎた沈黙を破ったのは彼女だ。しかし視線は交わらない。
「……君が呼んだんだろ」
「ええそうよ、それで?」
 返事の代わりに溜息を吐けば、しあわせが逃げていくわよ、なんて、どの口が言っているのだろうか。

 丁度会計を済ませたところで携帯電話の着信音が鳴った。
「なに」
『早く来なさいよ』
「……どこに」
『家に決まってるでしょ!』
 ひとつ怒鳴り声が聞こえたかと思えば、次に鼓膜を揺らしたのは無機質な細い線だけ。やはりそこでも溜息を吐いて、仕方なく自宅とは反対の方へ足を進めたのだった。

 呼鈴を鳴らしても返事が無かったのでドアノブに手を掛ければ簡単に回った。それから部屋の奥で時計になっていた彼女を見つけて、ビニール袋もぶら下げたまま、挨拶すらしないで彼女を眺めていた。
「ねえ」
「……なに」
 相変わらず皿を叩く彼女の目は、じっとスプーンを見つめている。
「私お腹が空いたわ」
「そう」
「マナーがなってない男とは絶対付き合っちゃいけないって、昔ママンが言ってたの」
「……そう」
「ねえ柿ピー」
 彼女がようやく顔を上げた。
「お腹が空いたわ」
 こちらを見つめるふたつのガラス玉を、わざと哀れむような目で見返してやった。
「その目、私嫌いよ」
「……知ってる」
「最低ね」
 くすくすと笑う彼女の声を聞きながら、久しぶりに足を動かしてキッチンに向かう。そのときスパゲッティのパッケージが見えたらしい。ビニール袋を置いたところで彼女が言った。
「アルデンテじゃなきゃ食べないわよ。それから出来合いの安いソースなんて使ってごらんなさい。脳みそ沸騰させてやるから」
 二人分の材料が入ったビニール袋の中に、残念ながら缶詰は存在しない。スパゲッティの茹でる時間はきっかり六分。口癖を封印してまでキッチンに立つ俺だって、相当頭がおかしい。





スパゲッティと作法
120206 柿本とMM(+10?)




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