同級生が首をくくったらしい。そんな噂を聞いたのは6月の終わりだった。すぐに発見され未遂に終わったようだが、しばらく学校には来ていなかった。しかし夏休みが明けるといつの間にか教室に居て、そういえば卒業式では誰かと一緒に泣いていた気がする。
 電車のドアに寄りかかって、川のきらめきを眺めながらそんなことを思い出した。あいつは元気でやっているだろうか。元気でやってるんだろうなあ、とすぐに答えを出す。名前も忘れてしまうような間柄だったのでろくに連絡先も知らないが、きっとそれなりに楽しい人生を送っているのだろう。
 きらきらと細かい刺激を無機質に目で転がす。自分も随分年を食ったなと思う。それもそのはずだ、すれ違った反対方面へ向かう電車に大きなバッグを抱えて乗り込んだのだって、何年も前の話である。

 平日の真っ昼間、乗客も少ない私鉄の古びた車両を、冬の日差しが暖める。
 この電車に乗ることはもう無いと思っていた。抱えたバッグとその中身以外の持ち物は全部捨てていた。新しい街での暮らしは、悪くなかった。
 平凡な生活だった。今も昔も。この日差しのように、ただぼんやりとした温もりがある生活。でもそれで構わなかった。寧ろそれを望んでいた。自分で選び取った平凡に、満足している。

 電車を降りれば、懐かしさと冷気が体に染みた。久しぶりの空気を吸い込んで乗ってきた電車を見送る。それからゆっくり足を進めた。
 同級生の話を聞いたとき、ああやっぱり自分は幸せなんだ、と安心したのを覚えている。あの頃の自分は、驚きや哀れみよりも先にそんなことを考えていた。自分はただの傍観者だった。それどころか、同級生を軽蔑してさえいた。

 大した起伏も無い、平凡で、ただ穏やかな生活さえあればそれでいいと思っていたし、今も思っている。言うなればいつまでも平凡であること、が夢だった。若い彼らや彼女たちがそれに向かって努力するように、自分は脇目もふらずに平凡を目指していた。なにか代償を払ってでもそれを叶えたいと思っていた自分もやはり、若かったのだろう。

 改札を抜けて立ち止まる。正面の柱に寄りかかっていた学生服の少年が体を起こした。
「お前はさあ」
 少年は黙ったままひとつまばたきをする。
 随分と長い時間が過ぎたように思う。まだまだ若者と呼ばれる年齢ではあるが、待たせるのには十分すぎた。見て見ぬふりしていたものを再び見つけてしまうのだって当然だろう。だからこそ戻ってきたのだ、この街に。
「羨ましかったんだろ」
 日陰になっている高架下の改札口は寒い。遠くに電車の走る音が聞こえる。都会へ向かう電車だ。
「羨ましかった」
 少年は小さく呟いた。
「知ってるよ」
 そう言うと、彼は微笑んだ。

 ひとつまばたきをすれば、そこに彼は居ない。俺はもう一度、故郷の空気を吸い込んだ。





忘れもの
120128

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お題:言いたかったこと
魚の耳」さんに提出。



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