「重力に逆らうことを放棄すれば飛べるんだってさ、馬鹿馬鹿しい」

 じゃくり、黄色の匂いがまとわりついて逆にまずい。焦げたトーストにマーガリンを塗りたくったのは失敗だった。口の中にざらざらとした苦味が広がる。寝起きの頭に不快感だけがこびりつく。

「あ」
「ん?」
「米、いつもと違う?」
「同じだけど、なんで?」
「いや、なんか……うまい」
「別にいつも通りだけど。気のせいじゃない?」
「そうか」
「うん」
「寝ぼけてるのかな」
「そうでしょ」

 雨が降っていたんだ。黙りこくった部屋の中で聞こえる雨の音は無駄に立体的で錯覚しそうになった。意識ははっきりしている。これは夢だ。アイボリーの部屋はどろどろと溶けている。窓ガラスを叩きつける雨の音に合わせてゆっくりと溶けている。じわりじわり、どろりどろり。染みが広がって、雨が溶かして。アスファルトの匂いがする。

「なんかさあ」
「うん」
「空、青いな」
「洗濯物日和だよね」
「……平和だなあ」
「そうだね」
「あ」
「ん?」
「はらへった」
「はいはい」

「鳥になりたい、なんて時代遅れの発想がまだ生きているそうだ。笑っちゃうだろ。全く以って、滑稽な話だ」

 本当に馬鹿げた話だ。焦げたトーストも湿ったアスファルトも、頭の片隅にいつまでも居座り続けている。俺は飛ぶ方法を知っていた。彼女はそれを知らなかった。いや、知っていたけれど知らなかった。だから俺は教えてやったんだ。

「あ」
「なに? 今日も普段と同じだけど」
「今日は綺麗に焼こうと思ったんだ」
「なにを?」
「トースト」
「トースト?」
「ほら、昨日は酷かったじゃないか。真っ黒焦げで、塗りすぎたマーガリンが気持ち悪くて」
「……寝ぼけてるの?」

 全ては夢の中の話だ。なにもかも。生ゴミに埋もれて嗅覚がおかしくなりそうだった。白くてやわらかいあの匂いが恋しい。彼女はなにも知らない。

「あっちがこっちでこっちがあっち? それで結局、飛ぶ方法を知っていたのは誰だった? 侵略しているのはどっちだ? 俺は知っていたんだ。知っていたはずなんだ。鼻がイカれて回路がショートしたんだってさ、酷い話だろう。今じゃ分かっているのは、お前がなんにも知らないってことだけさ」





空を飛ぶ方法
120123

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魚の耳」さんに提出。



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