爪を切り忘れていた。
「最近寝付きが悪いの」
 煙草に火を付けようとライターを握った右手の爪が赤い。明日シーツを洗濯するのが面倒だと思った。
「足元が冷えるせいだと思うの。私、冷え性だから。人間って足元が温かいと眠くなるんですって。だから逆ってことよ……ねえ、聞いてる?」
「聞いてるよ」
 紫煙と一緒に返事を吐き出せば、彼女はそう、と短く答えた。
「頭は冷えてるけど足元は温かい、っていうのが一番眠くなるらしいわ。頭寒足熱ですって。だからほら、こたつなんて典型的な例よね」
 いつもより少し長い爪は、一度気に止めてしまうと鬱陶しくて仕方がない。しかしベッドから降りて爪切りを探す億劫さには敵わなかった。
「布団も温かいのにね、足りないらしいわ。どうも冷たいままなのよ。いつもいつも」
「そう」
「どうにかならないかしら」
「俺に聞かれても」
「そうよね」
 なんとなく気分が乗らなくなって煙草を灰皿に押し付けた。彼女の頬に添えた右手の、爪の赤は既に変色している。
「つまさきがひえるのよ」
 シーツは多分、明日捨てる。






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