彼女はとても魅力的な人だった。
 しゃんと胸を張り、まっすぐに伸びた足で街を闊歩する。地面を踏みつけるのはつやつやと光るハイヒール。他者の追随を許さぬ気品と力強い美しさを兼ね備えた姿は、けばけばしい女たちの下品で安っぽいそれとは全く違う。凛とした佇まいで彼女は街を切り開き手懐けていく。
 彼女の隣を歩けば、雑踏はたちまち姿を変える。カッカッカ、と彼女がつま先でコンクリートを叩く。カツ、カツ、カツ、カツ、彼女のハイヒールはメトロノームだ。リズムを街に刻みつける。そこへ大通りを行き交う自動車の通奏低音が重みを与える。すれ違う人々の会話がメロディになる。横断歩道の信号がアクセントを加える。コンビニの自動ドアが開く。チラチラチラン。高架下をくぐる。ゴオオオオオ。隣をスケートボードに乗った若者が走り抜ける。ジャアアジャアア。服屋の前で店員が立っている。タダイマセールカイサイチューデス。地下駐車場の入り口にあるオレンジ色のランプが光る。ビイイィィイイィィ。風が吹いて木々がざわめいた。シャアアア……。カツ、カツ、カツ、カツ、ハイヒールが規律を作る。離散していた音たちが規律によって手を取り合い、ひとつの大きなうねりを産み出す。うねりはやがて波となり、縦横無尽に街を駆け巡る。その波を統べるのは魅惑的な彼女だ。彼女は堂々と指揮棒を振る。彼女によって奏でられるそれは紛れもなく、音楽だ。

 ハイヒールが放物線を描いた。

 ヘッドフォンで音楽を聴いていた。私は雑踏を眺めている。履き潰したスニーカーは一番のお気に入りだ。しかし彼女のハイヒールのようにリズムを刻んではくれない。
 指揮者はいない。メトロノームも無い。雑踏は無秩序に音を垂れ流す。さてそこに音楽は存在するか?

 私はヘッドフォンを放り投げる。





私は音楽に恋をしている
111208



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