湯船に浸かって膝を抱えた。水面でぐにゃぐにゃと歪む照明をやんわりと見つめながら、頭の中では神出鬼没な言葉たちがぺちゃくちゃと飛び回っていた。足を伸ばしてみても、膝が120度広がるか分からないうちに銀色の感触がする。この家の浴槽は狭いのだ。しかしその代わりに、とても深い。目一杯に湯を張れば肩まで浸かってしまう。
 何気なく、息を止めて湯船に隠れてみた。髪の毛がゆらりと舞い上がるのが分かる。目を閉じて水の音に耳を澄ます。
 ふと、なんだか沈んでいくような感覚がして目を開けた。すると驚いたことに、湯船に浸かっていたはずの私は海の中に居た。見渡す限り、深い青がどこまでも続いている。頭の上からは歪んだ太陽の光が降り注いでいる。海の中で、私は膝を抱えて沈んでいた。色とりどりの魚たちは私に目もくれず、優雅に泳ぎ回る。私をそれを見下ろし、横目に、見上げながら、沈んでいく。海の底は見えない。
 私はただひたすら沈んで、沈んで、とにかく沈んで、どんどん沈んだ。沈んで沈んで沈んで、沈んだ。
 どれくらいの時間が経ったのだろうか。太陽の光はもうほとんど届いていない。色とりどりの魚たちもいなくなってしまった。私は少し寂しい、と思った。そういえば帰る方法がわからない。私は無性にかなしくなって、泣きたくなった。
 するとなにも無い海の遠くの方に、なにかが動いているような気がした。目を凝らしてよく見れば、それはこちらに近づいている。近づいてきたそれを凝視する。それは、魚だった。さっき見た色とりどりの魚たちとはずいぶん違う、みすぼらしい姿の魚だった。怪我でもしているのか、泳ぎ方もなんだか滑稽だ。
 その魚と目が合った。
 あ、とその魚は言った。私は瞬きをした。魚がにっこりと笑った。それがなんとも言えない素っ頓狂な笑い方で、私は思わず声を出してあはは、と笑った。口からやっと解放された空気が、ぼこぼこと大きな泡になって私の視界を遮る。
 泡が消えていくのと一緒に、水は排水溝に流れていく。排水溝がぎゅぎゅぎゅぎゅ、と水を吸い込んだ。そうだ、今日は魚を食べよう。私は流し台から出て、まな板と包丁を用意した。





今日の献立
111111



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