駅の改札を右に曲がり西口を出ると、小さなロータリーがある。タクシー乗り場と銀行、クリーニングのチェーン店、それから三階建ての雑居ビルがあるばかりのそこでは、まず正面の大きなゲートが目を引く。
 ゲートをくぐればその先に道が続くはずである。たとえば鳥居の向こうに参道があるように。しかしこのゲートをくぐっても正面にあるのはゴルフショップだけで、続くべき道は左右に伸びている。乗用車が二台やっとすれ違うことが出来る程度の幅の、少々蛇行している道に店と小さな街灯が並んでいた。このよく分からない通りこそ、我が街の二丁目駅前商店街である。

「覚悟はいいか、小川」
「そっちこそどうなんだ、村上」
 二丁目の商店街は静まり返っている。ショルダーバッグから携帯電話を取り出して時刻を確認すれば、もうとっくに夜中の二時を回っていた。街灯の光がぽつぽつと照らす中、武器を構え、一定の距離を保って対峙している男たちの間には独特の緊張感が漂っている。手に汗握る、一発触発の空気。私は喫茶店の前で体操座りをして、立てた膝の上に頬杖をついてそれを眺めていた。
「いざ」
「尋常に」
『勝負!』
 それぞれのスニーカーがざ、とアスファルトを蹴る。手にした武器がぶつかりあいカキン、という金属の音は、鳴らない。その代わりにばし、というなんとも間抜けな、場の緊張感とは不釣合い極まりないこもった音がする。なぜなら二人が手にしているのは刀ではない。そもそも金属ではない。殺傷能力も、多分無い。なんせただのビニール傘だ。
「ここは絶対渡さねえ!」
「それはこっちの台詞だ!」
 ビニール傘がぎしぎしと音を立てる。二人の目は至って真剣だった。
 私は欠伸をした。

 始まりは五丁目だった。五丁目にある、この辺りで一番大きな神社の境内で戦いの火蓋は切って落とされた。真夜中の神社に漂う荘厳な雰囲気の中でいい年した男二人がビニール傘をぶつけ合う様は、祀られている神様にいくら頭を下げても下げ足りないほど間抜けだった。因みに初戦を制したのは小川である。
 次は閑静な住宅街である隣の四丁目で、その次も同じく住宅が立ち並ぶ一丁目だったらしい。らしい、というのは両日とも私はうっかり、半ば意図的に、約束を忘れて家で寝ていたため、争いの行く末を見届けていないのだ。これまた蛇足だが、四丁目を村上が、一丁目を小川が手に入れたという。
 手に入れたというのもおかしな表現だ。どの場所だってあの二人に所有権は無い。それこそ戦いを始めた小学生の頃には”遊び場利権”という真っ当な(小学生からすれば、だ)権利を争っていたのだからまだ分かる。しかし私たちが同じ小学校を卒業して、それなりの時間が過ぎた。お化け屋敷と呼ばれていた古い家屋はいつの間にか小綺麗なアパートに姿を変えていて、公園にあった大きな松の木は切られ、昔から変わらないゲートのあるこの商店街だって、並ぶ店は記憶のそれと違っている。同じように私たちだって、少なからず変わったのだ。再び利権を手に入れたところで、小学生のように遊ぶことも無いだろう。

「ぐはあ!」
「打ち取ったり!」
 いつの間にか今日の戦いは決着がついたらしい。アスファルトの上に倒れている小川と、ビニール傘を天に掲げている村上。
 小川はこの春から一人暮らしをするらしい。村上もいつかはここを出て行くだろう。私だって、来月には都内の大学に通い始めるのだ。地元の友達と会う機会なんて高が知れている。あってもなくてもよく分からないような権利の為に、決着のつけ方だってよく分からないちゃちな戦争を大真面目にやるだなんて、ただのあほとしか言いようがない。あほにも程がある。救いようの無いあほだ。
「畜生、次の三丁目は絶対に譲らねえぞ」
「それはこっちの台詞だ、なんたって最終決戦だからな」
「丁度お互い二勝二敗、本当の最終決戦だな」
「ああ、三丁目も俺とお前で一対一の真剣勝負、場所は・・・」
「待った!」
 それまで黙って見ていた私が立ち上がると、二人は驚いたようにこちらを向いた。
「なんだよ審判、不正は無かっただろ」
 村上が怪訝そうな顔をして言った。
「不正は無かった」
「じゃあなんだよ」
 小川も不満げにそう言う。
「一対一じゃないよ」
 間抜けな顔をしている二人を見て、私は不敵に笑う。そしてショルダーバッグから恭しく折り畳み傘を取り出し、持ち手を引っ張った。
「一対一対一!」
 びし、と折り畳み傘を二人に突きつける。
 三丁目には、私たちの小学校がある。全てはあの小学校から始まったと言っても過言ではない。私たちの大切な場所。あの小学校は、あほで、間抜けで、目も当てられないほどくだらないこの争いの、聖地なのだ。
 もう一度にやりと笑えば、はあ!? と綺麗に揃った二人の声が真夜中の商店街にこだました。

 私だってあの場所を、この街を愛している。





続開的局地争奪戦争
111110



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