1
言うなれば俺は”見える”人間だった。
「っはー、やっぱコーラ飲むと生き返るぜ」
「・・・お前が言うと、言葉に深みが出るな」
「はは、そうだな」
ヒサノがからからと笑う。頭上で蝉が鳴いている。足元の木陰はしばらく揺れていない。一緒に買った自分のコーラを飲む。喉を通る冷たい刺激は、確かに生き返るような気分にさせる。
「あー、生き返りてえなー」
「さっさと成仏しろよ」
「相変わらずひっでえなお前」
そう言いながらもヒサノはまたからからと笑っていた。
生前の記憶がほとんど無いのだという。自分がどんな人間だったのか、どのように死んだのかもわからない。ただ、ヒサノという名前と、自分が死んでいるという事実だけは分かっていたらしい。
「生き返ったとしてさ、なにしたいの」
「コーラぐらいは自分の飲みたいときに飲みてえよ」
「そんなことか」
「俺の血液、コーラだから」
「血液流れてんのかよ」
「そこは触れるなよ!」
心残りがあるから成仏できずに残っているのだろうが、記憶が無いから心残りがなんだったのかも覚えていない。だからなにもすることが無い。要するに退屈だったらしい。自動販売機の前で目が合った同い年くらいの少年に「おい」と声を掛けられて、思わず「なんだ」と返事をしてしまったのが運の尽きだった。
「じゃあ生き返ったら今まで驕った分返せよ」
「おう」
ヒサノはよく笑う。からからと。
人気の無い小さな公園に蝉の声が響いている。
2
友達が居ないわけではなかった。ただ少し、
3
夏の真っ盛りだったその日もしつこくせがまれ、いつもの自動販売機でコーラを二本買っていつもの公園へ向かう途中だった。
「ヒサノ?」
蝉の死骸が落ちていた。ヒサノが立ち止まってそれを見つめている。蝉は車かなにかに轢かれたらしく、お世辞にも綺麗とは言えない姿だった。
「大丈夫か」
「ああ、うん」
それ以上問い質すことはしなかった。
「そういやさ、」
からから。
4
必要以上の干渉はされたくなかった。したくなかった。
5
夏の終わりも近づいていた。聞こえてくる蝉の鳴き声も随分変わっている。相変わらず風は無い。空になったペットボトルを持て余していた。
「俺さ、思い出したんだ」
「うん」
「この間、見ただろ、蝉。潰れたやつ」
「うん」
「あれ見て思い出したんだ。少しだけど」
「うん」
「俺さ、交通事故だ。死んだの。車かなんかにはねられて。頭打って」
「・・・だから記憶が」
「いいや」
「え?」
「その後。頭打って、死んで。一瞬、空から自分の死体見て。コーラのペットボトルが転がってて。ああ俺死んだんだ、と思ったら、ヒサノ、って呼ぶ声が聞こえて。次の瞬間、多分、ブレーキで止まりきらなかったんだろうな、大型のトラックが、目の前を・・・俺の上を、通り過ぎて」
喉が渇いた。
「見てねえけどさ」
蝉の声がうるさい。
6
嘘、なんてことは分かっていた。ただ少し、俺には勇気が足りない。
7
ヒサノが空になったペットボトルを放り投げた。ペットボトルは綺麗な弧を描いて、公園のゴミ箱で軽い音を立てた。
「夏も終わるな」
「ああ」
「お前さあ」
「なんだよ」
「成長しろよ」
「なんだそれ」
「ヒサノ先輩のありがたいお言葉だ、ありがたく受け取れ」
「・・・いらねえよ」
「かわいくねえの」
「かわいかったら気持ちわりいよ」
「それもそうだな」
ヒサノがからからと笑う。
「友達とかさ、大体の奴はお前が思ってるより、いい奴だから」
「・・・なんだそれ」
そういえば、ペットボトルの立てた音とよく似ている。
「だからさ、」
8
いつかの夏を思い出していた。その秋に俺は”見えなく”なっていた。
俺が見えないだけでヒサノはまだ残っているのか、心残りを晴らして成仏したのかはわからない。
「約束を破った奴がいるんだ」
「へえ」
「だから俺も破ってやるんだ」
「大人気ない」
「知るか」
「あはは」
自動販売機が吐き出したコーラを渡して、同じボタンをもう一度押した。
蝉とコーラ
111022