金木犀の香りがして、ゆっくりと空気を吸い込みそれを味わえば、隣を通った車の排気ガスが橙色を汚した。
「いい香りね」
 特に返事はしなかった。
 彼女は昔、秋が好きだと言っていた。お気に入りのTシャツの上にお気に入りのパーカーを羽織って、出かけるのが好きだと。炊きたての新米と、新鮮な秋刀魚と、具沢山の豚汁を食卓に並べるのが好きだと。窓を開けて、時折顔を上げては暮れゆく空を眺め、すっかり冷えた風を感じながら本を読むのが好きだと。
「今でも、秋が一番好き?」
「んー、今は春かなあ」
「秋じゃなくて?」
「うん、昔はそうだったけど」
 向かい風が彼女のカーディガンをはためかせていた。
「今は春が一番好き」
 読み終えた本から顔を上げれば、秋の夕暮れはもういなくなっていた。昨日の夕食は、秋刀魚を焼いてから豚汁を用意すればよかったと気付いた。彼女からもらったパーカーのポケットに手を突っ込んでいる。
「彼がね、お前の花が咲く季節だから春が一番好きだ、って言ってくれたの」
「・・・惚気話ありがとう」
「ふふふ」
 このパーカーはきっと、金木犀の香りと一緒にクローゼットの奥へしまいこんで、もう着ることは無いだろうと、そう思った。





コスモス枯れた
111003



×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -