わたしは眠っていた。海の底で息を潜めていると、彼がわたしの名前を呼んだ。

ヴァイオレット、

それは彼がわたしに与えてくれた名前で、それはわたしをわたしたらしめる名前だ。わたしは目を開けて彼の元へするすると泳ぐ。

ヴァイオレット、今日も大人しくしていたかい?
ええバーンハード、もちろんよ。わたしはいつでもあなたのために生きているもの。
そうだ、聞いてくれよ、今日はジラがね、

わたしはうみへびだ。
わたしの声は彼に届かない。でも彼の声はわたしに届いている。だからわたしは彼の声をじっと聞き入れる。

近頃、彼はよくわたしではない誰かの話をする。それでも彼がとても嬉しそうに話すから、わたしはただするすると海の底を這って、彼の隣で眠る。ジラ、ジラ、ジラ。彼が繰り返し口にするその言葉をわたしは知らない。

彼は私が隣にいてくれるからよく眠れるんだ、と言っていた。わたしはそれが嬉しくて嬉しくて仕方がなかった。だからわたしはわたしの声が彼に届いていなくても彼の隣で彼の声を聞きながらゆるりとまどろむ。それがしあわせでそれ以上になにも望んではいなかった。

彼の隣でじっと声を聞き入れていられるのはわたしだけで、彼と一緒に眠っていられるのはわたしだけなのだ。それなのに陸でしか生きられない愚かないきものが、なぜ彼の隣に眠っているのだろう。彼はわたしの姿も分からなくなってしまったのだろうか。彼は目が悪くなってしまったのかもしれない。声も届かない。姿も見てくれない。それならわたしは、わたしはわたしに出来ることをしよう。

そしてわたしはあなたに触れる。

彼はようやくこちらを向いた。
「お前は確か」
次第にバーンハードの体は彼の思う通りには動かなくなってゆっくりと海に沈んでいく。ヴァイオレット、水泡にまみれたその言葉の響きはなんて甘美なんでしょう。これからはわたしがあなたの隣に泳いでいくんじゃなくて、あなたが海底のわたしの隣で眠ってくれる、それはどこまでもしあわせなことだわ。

「バーンハード?」
誰も居ない部屋で、女の声がひとつだけ波紋を広げた。





恋するレヴィアタン
120718



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