「貴方は私に希望を与えてくれた。幸せを教えてくれた。ああグランディエ、貴方は私の光なの」

私は鏡を見るのが嫌いだった。鏡に映る醜い女の姿を見るのが嫌いだった。外見も中身も醜い、誰からも疎まれる存在を忌み嫌っていた。私は私が大嫌いだった。
私は私以外の存在になりたかった。道行く彼女たちが眩しかった。可愛いお洋服を買って、綺麗なアクセサリーを身に着けて、少しでも美しくあろうと日々努力する彼女たちが。私も彼女たちのように愛されたいと思っていた。私は、彼女たちが羨ましかった。
私は男物の服を着て、身体の線を隠していた。この忌々しい呪縛を隠滅してしまいたかった。愛されることが出来ないのなら、こちらから愛せばいいのだと、そう思っていた。手に入れることが出来るなら、はりぼての愛でも構わないと思っていた。私は男になりたかった。
「ジャン、君は女なんだろう」
彼、グランディエにそう告げられたとき、私はただ絶望した。やはり隠し通すことは不可能なのかと。私は曲線の呪縛から逃れることは出来ないのかと。ばれてしまえば、もう男でいることは出来ないだろう。結局私は愛されることも無ければ、愛することも出来ないのかと、そう思った。しかし彼は奇妙だった。諦めた私が正体を明かしても、仲間内にそれを暴露するでもなく、私を女として扱いそういった態度を取るでもなく、ただ一人の人間として、女であると明かす前と変わない態度で私に接していた。
「なあジャン、いや、ジャンヌ。以前から一度聞いてみたいとは思っていたのだが・・・差し支え無ければ教えてくれ。どうして君は男装なんかしているんだい?」
「俺は・・・私は、醜いんだ」
「醜い?」
「そう、醜い。私には可愛らしさも無ければ美しさも無い。女として、褒められるべき点が何一つ無いんだ」
「だから、男装を?」
「そうだ」
「ふむ、そうだな。ジャンヌ、君は勘違いをしている」
「勘違い?」
「ああ、大きな勘違いだ。君は醜くなんてない。君は道行く女たちが嫉妬するほど、美しいんだよ」
「何を言うかと思えば。冗談はよしてくれ、グランディエ」
「冗談じゃないさ、俺は本当にそう思っている」
「おだてたって何も出てこないぞ」
「俺は真剣に話しているんだ」
「・・・お前のお遊びに付き合ってる暇は無い」
「待ってくれジャンヌ」
「うるさい、付いてくるな」
「話を聞いてくれよ」
「もう放っておいてくれ」
「なあジャンヌ、」
「一人にしてくれと言っているのだ、グランディエ!」
「ジャンヌ!」
それまでの優しく呼び掛ける声とは全く違う、怒ったようなその声に驚いて私は思わず立ち止まった。途端に後ろから彼に抱きすくめられていた。私はただ固まっていた。
「ジャンヌ、好きだ。好きなんだ。俺は、お前のことを、」

「愛しているんだ、貴方はそう言ってくれたわね。私は本当に嬉しかったのよ。その言葉が私に向けられることは無いと思っていたんだもの。君は可愛い、綺麗だ、美しい、なんて、そんな言葉は一生無縁だと信じていたの。でも貴方はそんな言葉さえ惜しみなく私に与えてくれた。私は幸せだった。私は可愛いお洋服を買って、綺麗なアクセサリーを身に着けて、少しでも美しくあろうと、鏡を何度も覗いたわ。大嫌いだった姿見の前で何時間も過ごしたの。貴方のお陰で、私は変わったのよ。貴方が私を変えてくれたの。だから私は誓ったわ。貴方の為ならなんでもすると。貴方の為ならこの命さえ惜しまないと。貴方に誓ったの。神になんて誓わないわ。私に幸せを、望みを、愛を与えてくれたのは貴方。私は神なんて信じない。私は貴方だけを信じるの。なのにこの汚らわしい女は、貴方のことを否定したのよ。貴方は私のことなんてちっとも気にかけていない、なんて言ったの。おかしいでしょう? 貴方は私に向けて、俺は君だけを愛しているよ、と言ってくれたのにね。この女は、なんておこがましいことに、その言葉は自分のものだなんて言うのよ。私が貴方を信じるか、この穢れた女を信じるかなんて、火を見るより明らかだわ。私の全ては貴方のもの。貴方の為に私は生きるの。貴方の邪魔をするものは、私がひとつ残らず排除するわ。貴方を惑わす悪魔は私が全て退治するの。私を突き動かすのは、この愛。貴方への愛。貴方が与えてくれたからこそ知る事が出来た、取り繕った偽物ではない本物の愛! ああグランディエ、貴方を愛してる!」





アスモデウスは姿見に囚われる
111009




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