何気なく隣を見ると、絵筆を洗う右手の人差し指に絆創膏が貼ってあった。
「手、どうしたの?」
「ああ、棘が刺さっちゃって」
「ふうん」
 彼女の白くて細い指に、不恰好な絆創膏は似合わないなあと思った。
「もったいないね」
「え?」
「それ。折角の綺麗な指なのに」
「――ありがとうございます」
 手を止めた彼女は少し驚いたふうにそう呟くと、絵筆を洗う作業に戻った。
「先輩って」
「ん?」
「やっぱりなんでもないです」
「なにそれ」
「気にしないで下さい」
「あそ」
 またちらりと彼女を窺う。絵筆にこびりついていた赤い絵の具は彼女のゆびさきによって落とされ、排水溝に流れていく。傷口から血が流れているように見えなくもない。
 ふと彼女は右手を絵筆から離すと、絆創膏の貼ってあるゆびさきををまじまじと見つめた。
「しみるの?」
「いや、そういうわけじゃないんですけど」
 水でふやけた絆創膏に、赤い絵の具が付着している。
「ばらの棘が刺さったようなもんなんですよ」
「え?」
 ゆびさきを見つめたまま、彼女は独り言のように話す。
「真っ赤なばらの花の棘が刺さって、毒が全身に回ったんです」
「……ばらの棘に毒は無いよ」
「あるんですよ、じわじわ効く毒が。それもかなり強力な」
 彼女は溜息混じりにそう言った。
「ふうん……」
 自分の手元に視線を戻す。青いの絵の具がゆびさきを染めながら流れていく。
「私、先輩がモテない理由、分かる気がします」
「……なにいきなり」
「いきなりじゃないですよ」
「え?」
「ほらあ、やっぱり分からないんですよ」
「それが分かったらモテるわけ?」
「そうだと思いますけど、私は」
「ふうん……それじゃあ俺、一生モテる気がしねえわ」
「最悪ですね」
「そこまで言う?」
「言いますよ」
 呆れたように彼女は笑った。
「ねえ先輩」
「なんだよ」
「ブルーローズに期待なんてしちゃいけないんですよ」
 俺の手元を一瞥して彼女は言った。
「青なんて嫌いです」
 青い絵の具が流れている。排水溝のところで、彼女の流した赤い絵の具と混ざっていた。
「奇跡、夢叶う、神の祝福」
「え?」
 洗い終わっていた数本の絵筆を掴もうとした彼女の手が止まる。
「最近追加されたブルーローズの花言葉」
 ぴくり、とゆびさきが動いて、そのまま乱暴に絵筆を掴んだ。
「……だから」
「ん?」
「だからモテないんですよ、先輩」
 彼女の後ろ姿を見送りながら、彼女が言葉を尖らせる理由も分からない間は恋人なんて出来ないのかもしれない、とぼんやり考えた。





ばらの棘
110805



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