浴室の扉が開いていた。シャワーの音が脱衣所にも響いている。

 ぷかぷかと浮かんでいた。
 服が海水を吸って体が重い。
 そっと足を上げてみる。
 つまさきが海面からひょっこりと覗いた。

「なにしてるの」
 薄い青が充満した浴室で冷たい水が跳ねる。服も着たままで頭からシャワーを被っている彼女を覗き込めば、表情の無い顔がじっと自らの足元を見つめていた。
「人魚になるの」
「人魚?」
「そう」
 口だけを動かして彼女は言った。
「1番のポジションでね、水をかけるの。そうすると、つまさきからふやけて、ぐじゅぐじゅになって、両足が溶けてくっついて、尾ひれになるの」
 左右に開かれたつまさき。ぴったりと付いている両足のかかと。型はとても綺麗だけれど、トゥシューズを脱いだバレリーナの足はお世辞にも美しいとは言えない。
 じっと見つめるつまさきにはあまり水がかかっていなかった。冷たい水はつまさきに届く前に、それを覗き込む彼女の頭部と肩にぶつかっている。

 足を下ろして溜息を吐く。
 そのまま空を見上げてもう一度溜息を吐いた。
 瞼を閉じても開いても、薄い青が脳を踏み荒らす。
 他のことを考えようにも、海水で冷えた頭は上手く働かなかった。

 タイルに叩きつけられたシャワーの水が跳ねて、僕のズボンの裾を濡らしていた。
「人魚にはなれないよ」
 蛇口を捻るとキュ、と音が鳴ってシャワーの水が止まる。
「綺麗な尾ひれなのよ、綺麗なみずいろの尾ひれ」
 黒い髪から冷たい水が滴る。
「それで綺麗なみずいろの海を泳ぐの」
 水滴がつまさきに落ちた。
「みずいろの海で踊るのよ」

 ふやけた四肢の感覚は鈍い。
 冷たいはずの海水が生暖かく感じる。
 乾いた唇を嘗めると塩辛い味がした。
 舌が覚えている味とは随分違う。
 彼女の汚いつまさきが形作る、綺麗な1番のポジションが好きだった。
 彼女なら、それはそれは美しい尾ひれを持った人魚になるのだろう。
 美しいみずいろの尾ひれ。
 ピンク色のトゥシューズはもういらない。





1番のポジションでドルフィンキック
110803



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