彼女は呼吸が浅い。
 理由はよく知らない。
 ただそのせいか、たまに酸素が足りなくなるらしい。

 今日もまた、彼女は息苦しそうにしていた。何度も何度も大きく息を吸って、苦しそうに吐き出す。いつものように「大丈夫?」と声をかければ、いつものように「大丈夫」と返ってくる。僕はいつものように、手元の雑誌へ視線を戻した。
 いつもなら放っておけばすぐ彼女の肺は正常に酸素を取り込むようになる。それが今日は様子が違った。いくら空気を吸い込んでもうまく酸素を吸収出来ないらしく、いつも以上に大きな呼吸を繰り返す。それどころかヒイヒイと言いながら息を吸い込むようになった。
「大丈夫?」
「わか、ん、ない」
 胸のあたりを押さえながら、大きく口を開け必死に酸素を取り込もうとしていた。そのくちびるがとても官能的だ、とぼんやり考えながら雑誌を置いて彼女の背をさする。額にはうっすらと汗が浮かんでいる。ほのかに色づいた頬といい、少し細められた目といい、それこそ情事の最中のような姿だった。
 背をさすってやると、心なしか呼吸が落ち着いてきているように見えた。
「落ち着いた?」
「さっき、よりは」
 そう言いながらも彼女は肩で息をしている。
「少し横になる?」
 彼女が小さく頷いた。ぐったりしている彼女を抱き抱えてベッドに寝かせる。やましいことを考えないわけではなかった。寝そべると楽になったのか、ヒイヒイという音は収まり、どことなく顔色もよくなったように見える。
「今、水とか持ってくるから」
「……ありがとう」
 彼女の潤んだ瞳と目が合って、ぞくり、とした。
 コップによく冷えた水を注ぎ、適当なタオルを持ってベッドに戻る。起き上がった彼女にコップを渡して、タオルで額の汗を拭き取る。自然とくちびるに目がいっていた。「ありがとう」「ああ、うん」冷たい水に濡れたくちびるがてらてらと光っていた。
 彼女は再び横になると、はああ、と息を吸い込んだ。そしてふうう、と静かに吐き出す。はああ、ふうう。はああ、ふうう。てらてらと光るくちびるの間を行き交う空気。彼女の呼吸はまた大きくなっていた。
「ヒイ、」
「大丈夫?」
 彼女は目を瞑って必死に呼吸をしているだけだった。胸を仰け反らせて大きな呼吸を繰り返す。頬が赤い。てらてら光るくちびる。
 背をさすろうとしたが、起き上がらせるのは憚れたので彼女の髪に手を伸ばした。汗で頬に張り付いている髪をよけて、そのまま撫でる。
 僅かに持ち上がった瞼の奥を見ることが出来なくて咄嗟に視線をずらした。ああ、間違えた。
「あ」
 冷たく艶やかな赤が動いた。幼虫のようにぽってりとした赤いくちびる。濡れたくちびるの隙間から熱い吐息が漏れた。赤い赤いくちびる。てらてらと光るくちびる。
「ふ、」
 そうだよ。いくら吸っても苦しいのなら、吸わなければいいんだよ。
 シャツを掴まれている感覚はあるが、それ以上抵抗する力も無いらしい。彼女の苦しそうな吐息が聞こえる。冷たい。





くちびる
110801



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