沈黙が辺りを支配している。呼吸さえも憚られる沈黙。
黒が場に居る彼らを束縛する。鋭い刃物が彼らの背や首筋を撫で、忍び寄る冷気が彼らの皮膚を切りつける。

正面に座す彼は静かに瞼を閉じている。指先ひとつ微動だにしない。それを見た我々はさらに畏怖する。なにせ憤怒のサタンと恐れられている彼が、その恐ろしいほど端整な顔にうっすらと微笑さえ浮かべているのだ。嵐の前の静けさ、という言葉では事足りない。天変地異を越える現象の前触れであると言っても過言ではないだろう。
カタ、となにか音がした。きっと普段であれば気にも留めない些細なノイズ。しかし静寂という水面に投じられた小石は、瞬く間にその波紋を広げていく。我々の中に広がっていく。
波紋が緊張した糸に触れる。糸が震える。糸が緩められる、ことは無い。緩みかけた糸はまた強く張られる。我々によって。より強く。次に触れられたなら切れてしまいそうなほどに強く。緊張は極限に達している。

皆の視線が一点に注がれている。その一点は自身が注目されていることを自覚している。自身の行動が周囲を支配していることを自覚している。一点は穏やかなベールを身に纏っている。
一点は、玉座の肘掛に乗せていた右腕を動かすと同時に、皆に一筋の電流が流れることを認識している。その右腕で頬杖をつき、足元の皆へより一層の笑みを向ければ、皆がどういった反応を示すのか、示すことが出来ないのかを知っている。

昂りすぎた感情は美しい球体となっている。膨大なエネルギーを圧縮させた球体を私は鳥瞰している。限りなく微妙なバランスでもって安定している球体。私はそれを暴走させることなく解放する術を心得ている。
球体が存在しているそこは酷く穏やかである。さざ波の一つさえ立つことは無い。それに比べて、球体の内側は酷く荒れている。おぞましいエネルギーの暴風が吹き荒れている。

薄い膜の内側で、それは待っている。荒々しく、静謐に、この薄い膜から解放される瞬間を待っている。自らの動きはその存在にコントロールされている。その存在の前で、それに意思は無い。故にそれは、ただひたすらにその時を待つ。

サタンが口を開いた。彼らにその怒りから逃れられる術は無い。





沈黙したサタン
110815




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