「私は貴女に恋焦がれています」


今私の目の前で片膝を付いている女性の理想を固めたような容姿の男性を見て思った。


あの時貴方に声をかけなければ・・・・・


あの時貴方を見つけなければ・・・・・


あの時貴方の携帯を拾わなければ・・・・・


こんなにも貴方からの愛を受け取ることなんてなかったのだろう。


隙間無く人で溢れた電車で30分間耐え抜くことも1年経つと不思議と慣れてくるもので、最初の頃は変な体制で乗車してしまった日には謎の筋肉痛に悩まされたものだが、今ではポジション取りもしっかりできるようになり、満員電車ながら快適な電車通学ができるようになった。

始発から乗るならまだしも途中乗車をする私が席に座れることなんて1年間通っていて一度もなく、これだけ満員なのだからもっと本数を増やせばいいのにと願っていても田舎寄りの街のせいか15分に1本しかこない電車の本数は変わることがなかった。

いつもは入り口付近に陣取っている私がこの日は乗車した位置が悪く人波に流されに流されてたまたま座っている人の前に立つ形になってしまった。席に座れている人たちは大抵自分の降車する駅に着くまで寝ているか、勉強をしているか、スマホをいじっているかのどれかの行動を行っているが、目の前にいる男の人は何故かパソコンを開いて必死に何か作業をしていた。スマホを見てはパソコンのキーボードを凄まじい速さで打ち込むという作業を繰り返していた。

電車の中でパソコンを開いている人を初めて見た私は、その光景に驚きながらも急ぎの仕事をしているのだな。というぐらいで、特別気にも留めずにスマホを取り出し友人からきたLINEのメッセージに返事をしていた。そうしていると、橋の上を通過した際に車内が大きく揺れて目の前の男の人の膝の上に乗っているパソコンが私の方へと傾いて落ちそうになった。そのことに私よりも先に気がついた男の人は、がっとパソコンを掴んで「すみません」と謝罪しながら私の顔を見た瞬間、「あっ」と声をあげて驚いた顔のまま数秒固まった。思わずその反応を見て知り合いかと思ったが、こんな綺麗な顔をしたイケメンなんて一度見たら忘れるはずがないだろう。と思い、「すみませんでした」と私から視線を外した男の人の反応を見て、私もスマホに視線を戻した。

その内、その男の人の降車駅に到着し、慌てた様子でパソコンを乱暴に閉じて降りて行ったその人の席を見れば、スマホが置き去りになっていた・・・・・。先程まで、何度も手にしている光景を見ていたので確実にあの男の人のもので間違いはないだろう。大変だ。きっとないと確実に困るだろう。急いでそのスマホを手に取り男の人を追って電車を降りた。早く追いかけなければと階段をかけあがって周りを見渡すと、遠くに綺麗なクリーム色の髪をした長身の男性を見つけた。改札を出て走って追いかけたが、相手が早歩きで移動しているため、足の長さの違いのせいか中々追いつけずにいた。いよいよ駅の外に出てタクシーに乗り込んでしまいそうな姿を見て思わず「あの!そこのクリーム色の髪をしたイケメンの人待ってください!」と大声を出して呼び止めれば、私の声に気づいてこちらに振り向いた瞬間、私の顔を見て電車内と同じ驚いた顔をして固まった。


「あの、呼び止めてすみません。スマホ・・・・・電車に忘れてましたよ」
走って追いかけてきたせいで息が絶え絶えになりながらも、手に持ったスマホを男の人に差し出した。


「あ、スマートフォン!まさか、車内に忘れていたとは・・・・申し訳ございません!わざわざ追いかけて届けてくださったのですね」
私の手元にあるスマホを見て思わずポケットを確認した男の人は謝罪をしながら鞄から取り出したハンカチで私の頬を伝う汗をふき取った


「わっ!そんな素敵なハンカチでっ!すみません。洗ってお返しします」
高級ブランドのロゴが付いているハンカチを見て驚いた私は汚してしまったことに申し訳なさを感じて頭を下げていたが、何故か目の前の男の人は素敵な笑顔でニコニコしていた。


「お気になさらずに。むしろ、ありがとうございます」


「?」
感謝の言葉を言われたタイミングがちょっとおかしかったため、ありがとうございます?と疑問に思ったが、すぐにその感謝の言葉はスマホを届けたことに対してだ。と気付いた。


「足止めしてしまい申し訳ございません。このままでは学校に遅れてしまいますね」


「次の電車に乗るので大丈夫ですよ」
腕時計を確認すればまだHRが始めるまで30分あった。次の電車に乗ればギリギリ遅刻にはならないと思い駅に戻ろうとすれば、「いえ!」と呼び止められた。


「次の電車はこの駅からの乗車客が多く、一度で乗り切れないことがある程混みますので止めた方がよろしいかと」


「そうなんですか。知りませんでした」


「貴女はいつも同じ電車に乗るので知らなくても当然です」


「えっ?」
たしかに入学してからずっと同じ時間の電車にしか乗ったことがないが、何故そのことをこの人は知っているのだろう。もしかして、私が気づいてなかっただけで、毎朝同じ電車に乗っていたのかもしれない。こんなイケメンを今まで見逃していただなんて・・・・


「ですので、どうかタクシーで学校まで向かってください。もちろん御代は私が払わせていただきます」


「いえ、そのようなことは!それなら少し遅刻をして行きますので大丈夫ですよ」


「そんな!今まで築き上げてきた無遅刻・無欠席の記録をこのようなことで破るだなんていけません!」


「えっ?」
何故この人はそんなことまで知っているのだろう。たしかに、私は今まで小・中・高を通して無遅刻・無欠席を貫いてきたが、今回は事情が事情のため止む終えないだろう。それに、目指した記録でもないため、今日その記録が破られたからといって特に思い入れもなかった。


「とにかく、乗ってください!」


「え?!えっ?!」
突然腕を握られて、タクシーに乗せられそうになった私は驚きのあまり変な声を出しながらも身体に力を入れて必死に抵抗した。


「ちょっと待ってください!私よりも貴方の方が急いでるんじゃ」
車内の様子といい改札を出てからも急いでいた様子を思い出し確実に今の自分よりもこの人のほうが急いでるはずだと確信した私はそのことを伝えた。


「私の落し物を届けてくださった恩人を残して出社なんてできません。ですから、私を更に助けると思って、どうか乗ってください!」


「でも・・・・・」


「貴女が乗るまで私はここから一歩も動きません。それとも2人で遅刻しますか?」
にこやかな笑顔で問われたのに何故か背中がぞっとした。さすがにこの人まで遅刻させるわけにはいかない・・・・


「では、すみませんが乗らせていただきます・・・・」


「はい!これで安心です。では、運転手さんこの方をカルデア高校までお願いします。お代はこれで。お釣りは落し物を届けてくださったお礼ということで受け取ってください」


「えっ?!ちょっと!」
運転手さんに渡した1万円札を見て驚いた私は止めようとしたが、私の制止をひらりとかわしてドアを閉めた。この駅から私の学校までなんて恐らく2000円ぐらいで到着するだろう。1万円なんて明らかに大きすぎる!


「待ってください!1万円なんて多すぎます!」
窓を開けて男の人に1万円札を差し出せば、「あ、私としたことが忘れるところでした」と何故か1万円を握り締めた手に何か紙を差し込まれた。


「それ、私の名刺です。個人のメールアドレスも書いてありますので、何かあればそちらにご連絡をください」


「は、はぁ・・・・」
差し込まれた名刺に書かれたメールアドレスを見ていたら、「じゃあ、出してください」とタクシーの運転手さんに言って、タクシーが発進し始めた。


「あっ!うそ!」
動き始めたことに驚きどんどん進んでいくタクシーの中で後ろガラスを見れば、こちらが曲がり角を曲がるまでずっと手を振っている彼の姿が見えた。


これが彼との出会いだった。