何度も言うが、私は普段、外食といえばファストフード店かファミリーレストランにしかいかないような普通の一般的な高校生なわけで、そんな私の脳内が完全にパニックになるような料理名がたくさん書かれたメニューを見て完全に思考が停止した。なぜこのメニュー表には値段が書かれていないのか・・・・え?もしかしてバイキングとか?いや、そんなわけはない。この個室に来るまでに店内を少し歩いたが、誰も立って料理を取りに行ってる人なんていなかった。では、これはどういうことなのか・・・・自然と口が半開きになったまま、まったく何の料理なのかわからない料理名が書かれたメニュー表をぼーっと眺めていた。たしかにカタカナばかりだけど、日本語には間違いはなくて、それを理解できないだなんて、ほんと生きていたら何が起きるかなんてわかったものではない。


「名無しさんは何か食べたいものはありましたか?」
そんなアホ面をしている私に目の前にいるガウェインさんは優しく微笑みながら声をかけた。色々と聞きたいことがあったが、お店の雰囲気が雰囲気なだけに、それを尋ねるのもマナー違反なんじゃないか。と思い、質問をしようとした言葉を飲み込んだ。


「えっと・・・・おまかせします・・・・」
まったく理解ができなかったメニュー表をゆっくりと閉じながら、そう答えた。これ以上私がこのメニュー表を眺めていた所で何も理解できないだろう。


「では、本日のオススメをコースで」
ガウェインさんは、メニューを横に立っている店員さんに渡しながら注文をした。私は席に付いてすぐにお水と一緒に運ばれてきたりんごジュースを飲みながら心を落ち着かせようとしていた。緊張する。すごく緊張する。どうしよう。


「すみません。やはり知り合って間もない私と個室で2人きりなんて落ち着かなかったですかね」
突然の謝罪の言葉を聞いて、私はすぐに顔を上げて前を向けば、少しだけ困ったように笑ったガウェインさんが目に入った。


「いえ、個室でありがたかったです。私、こんな格好なので・・・・・」
さっき、ちらっと見えた普通の席では、やはりみんなドレスやスーツ等きらびやかな服を着て食事をしていた。あんな中私なんかがいたら、きっと浮いて仕方なかっただろうが、ここならそんなきらびやかな人たちの目を気にしないで食事ができる。


「気にしなくても大丈夫ですよ。先程も言いましたが、服装なんて関係なく、貴女は魅力的な女性なので周囲の目なんて気にする必要はないです」


「そ、そうですか。ありがとうございます・・・・・」
私がそう返事したタイミングでドアをノックする音が聞こえ、「失礼いたします」の声と共に店員さんが料理を運んできた。そこからは、食べ終わるタイミングと同時に新しい料理が次々と運ばれてきて、その度に目の前にあるたくさんのナイフとフォークを見て、一体どれを使えばいいのかわからず頭を悩ませながら、さりげなく、目の前にいるガウェインさんの手元を確認して同じ位置においてあるものを使って食べた。どれもとても美味しかったはずなのに、緊張とマナー違反をしないように、と。気をずっと張っていたせいで、食事を終え、車の助手席に戻った今、食べた料理の記憶が何もなかった。料理が運ばれてくる度に、料理名と共に店員さんが何の食材が入っているのか、詳しい説明をしてくれていたが、テレビでよく聞くような高級食材の名前や聞いたことがない食材の名前が次々と出てきて、そこで完全に脳内がシャットダウンした。食事中もガウェインさんが気を使って色々とお話しをしてくれたが、こっちはお話しを聞く所ではなかったため、申し訳ないが、話のほとんどが記憶から消えている。あんなにたくさんの高級食材が使われていたのだから、恐らく、数万円、もしくはそれ以上の値段がかかったのではないか。と思ったが、会計は、私がトイレに行っている間に済ませたようで、一体いくらだったのかは知らない。知ったところで私なんかが到底払えるような額ではなかったと思うが。もう二度とこんな高級料理を食べれる機会なんてないと思うから、ちゃんと脳内に刷り込むぐらいの勢いで味わって食べられたらよかったのに、残念だ。


「今日のお店、お味はどうでしたか?」
赤信号で停止したタイミングで私の方を見たガウェインさんは、また優しく微笑みながら私に問いかけた。


「とても美味しかったです」
正直味なんて全然覚えてなかったが、お店にわざわざ連れて行って、ご馳走までしていただいた手前、覚えてないです。なんて口が裂けても言えなかった。


「よかった。今回は私のオススメのお店でしたが、次回はぜひ名無しさんのオススメのお店を紹介してください」
次回?と思ったが、会話が途切れないように。と気を利かせてリップサービスしてくれているだけだ。と思い、そこにはあえて触れず「私のオススメなんて近所のファミレスとかファストフード店ですよ」と答えた。


「そうですか。普段そういったお店にはあまり行かないので、ご一緒していただけると大変嬉しいです」
こんな高校生相手にも丁寧にリップサービスしてくれるなんて、ほんとにいい人だな。と思いながら、ふと、窓の外をみると、公園の前に停まっているクレープ屋のキッチンカーを発見した。


「あっ」


「どうかしましたか?」
私の声を聞いてすぐに反応をしたガウェインさんは前に顔を向けたままチラっと私の方を見た。


「あっ、いえ・・・・なんでもないです・・・・」
たしかあのお店クラスの子たちが美味しい。って噂してたお店だ。ずっと気になってたんだよね。今度、琳華ちゃんと一緒に食べに行こう。と思い、窓の方に向けていた顔を前に戻すと。「あぁ、あれですか」とガウェインさんが口にした。


「名無しさんまだお腹に少し余裕はありますか?」


「えっ、まぁ・・・・少しなら・・・・」
さっきまでフルコースで料理を食べていたから、お腹は空いてないが、少しの余裕ならある。


「じゃあ、少し付き合ってもらえませんか?」
そう言ってガウェインさんは、公園の横にある駐車場へと車を入れた。


「えっ?えっ?」
その行動に驚いて、変な声を上げたが、そんなことはお構いなしにガウェインさんは車を停めて、助手席のドアを開けた。


「が、ガウェインさん?どうしたんですか?」
未だに驚いたままの私は、彼の突然の行動に驚いていたが、そんな私にガウェインさんは微笑みながら、手を差し出した。


「実は、私こういったクレープを食べたことが一度もなくて、気にはなっていたのですが、男一人で買いに行くのもなんだか少し照れくさくて、行けずにいたのです。名無しさんさえよければ、少し付き合っていただけませんか?」
少し照れくさそうな顔をしたガウェインさんを見て、出会ってからずっと『大人』な表情をしていた彼には思わなかった気持ちが生まれたような気がした。その瞬間、自然とずっと緊張していた気持ちが、一気にすっと落ちて、心も身体も軽くなった。


「ふふっ。私でよければいいですよ」
そう言って車から降りて彼の手を握れば、彼は、照れくさそうな顔のまま「よろしくお願いします」と言った。


「じゃあ、今日の晩御飯のお礼にここは私におごらせてください」と口にすれば、「い、いけません!女性にそのようなことはさせられません!」とすぐにいつもの『大人』の表情に戻ったが、さっきの表情を見たせいか、『大人』の表情の彼を見ても緊張が戻ることはなかった。